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在るということ

Rimg0002_2  一昨日、父親の絵の個展を見るために鎌倉に行きました。例年この時期に鎌倉で行うために八幡様までの段葛(だんかずら)の桜も見ることができます。昨年は満開でしかも日曜日に行ったためにものすごい群集の中、大変な思いをして桜を見ましたが今年はまだ六分咲きといったところでゆったりと見物。

Rimg0007_3  満開のときはそれは見事な桜並木が続き、また人の波も続き賑やかなのでありますが、こんな感じで逆にのんびりといい風情であります。こういうところを歩いているとずっと昔からこの参道で毎年変わることなく桜は咲き続けて時を見続けているのだなあ、とふと思います。

Rimg0008_6  今が今がと、とかく思いがちなせわしない世の中でありますが、こういう自然の中に身をおくと小せえことにうだうだやってるのが人間なんだなと実感します。僕もなんかいっぱしの気になって生きておりますけど、毎年毎年咲き続けながら桜はなにも変わることなくここに在るということ、それは人として在るということとどう違うのでありましょうか。とはいえ、人は在るということを認識するよりも瑣末な日常に流されていってしまうものなのであります。だから、毎年桜を見て己の在るを確認するのかもしれません。 

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