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大人だなア

 備えあれば憂いなし。かどうかわかりませんが、ここ数年ちゃんと毎年恒例になってきた区民検診およびインフルエンザ予防接種を受けてきました。一昨年からですから三年目、それまでは僕が香港に赴任する直前に会社で受けさせられた時以来、検診にまったくいっていなかったわけで、約10年間はまったくほったらかし。よく重大な病気にならなかったと今思うと無謀だったですね。まあ、30代は自分が大きな病気なんかにかかるわけないとたかをくくっていたし、なんかそういう身体的不安というものが皆無だったような気がします。

 じゃあ今はどうか、といいますとこれが徐々に身体的肉体的な衰えというのを感じるようになって来た。もちろん、30代も少しは感じていたのでしょうが、はっきりと自覚するまではなかったのですね。これが、ほんとぴったり40の声を聞くあたりからいろいろなことがガクッと低下したといいますか、今までどおりにいかなくなる。僕と同年齢から上の人たちはお解りになる方けっこう多いと思いますが、ほんと目に見えて持久力やら、酒の量やら、疲労の回復力やらが落ちてきまして、それに追い討ちをかけるようについた贅肉はちょっとやそっとじゃ減らなくなるというオマケつき。

 こうなると、さすがに現状から将来までの自分に多かれ少なかれ不安というものがでてくるわけでして、やはり健康診断はいっておこうという気になってくるのであります。前に歯医者のことも書きましたが、そういうこと一つ一つをちゃんとしないと、なんてこの間までまったく考えてもいなかったのにね。これからはそういう不安とともに人生を生きないといけないステージになってくるわけでして、そう思うとちょっと悲しいことでもあります。

 つまり、この不安というもの、ここでいう不安というのは自分の身体的衰えを自覚するところからくる人間という生き物の限界というかね、若さということだけによりかかった盲目的な自信からの脱却ということでもあり、それがあることで本来の人間の姿が見えてきたとも言えるのです。もちろん、もともと若い時から病気がちだった人なんかは当然最初から解かっていることでしょうし、昭和の初めに若くして死んでいく画家たちの絵なんかには明らかにそういうことへの悟りのようなものを感じ取ることができます。結局それは、世の中に絶対とか完全とかというものがないという諦観にも繋がってくることでありまして、不安を感じるというのは付き合い方によっては悪いことではない、というかむしろ積極的にその不安から読み取れることを心や身体で感じてもっと思慮深い行動や言動にならなければいけないなあ、と思うようにもなってきました。

 20代30代の自分から見れば年寄り臭いこといいやがって、ということになるのかもしれませんが、若さゆえの輝き、純粋、美しさというものとはある意味、無垢ゆえの無知といいますか、やはり子供ぽっかったなア、と自分自身を振り返ると思うことは多いです。今は、なにかを語るにしてもこれが絶対だとか言えない、言える訳が無い、そのぐらい世の中は複雑なものであるということぐらいは解かってきた。それが解かるようになったというバックボーンには前述したどうしようもない漠然とした不安というものが自分のなかに巣食うようになってきたからなんでしょう。そしてだからこそ、そこから逃げないでその漠然たる不安やそこはかとない悲しみを徹底的に吟味して付き合ってやろう、そう思うことが大人として生きるということなんじゃないか、そんな風に思いはじめているのです。

 大人として生きる、だからこそまだ無垢な子供たちを守ってやることもできるのじゃないか、その一歩はなにからか始めるべきか・・・・・とりあえず健康診断なのでありました。

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