« 2006年12月 | トップページ | 2007年2月 »

2007年1月

Rimg0007_21  引越しをしてから早3ヶ月。この間水道料金がきてびっくりしました。だって2ヶ月でなんと12000円。一ヶ月6000円ってありえない料金であります。うちら二人毎日浴槽にお湯入れているわけではないし、入居した最初の一ヶ月分は3000円だったのに!これはきっとどこかで水漏れしているに違いないと思っておりました。一度トイレのノブが上に上がったままで寝てしまい朝まで水が流れっぱなしだったのでそれが原因かともおもったのですが、それでも6時間ぐらいなものだしなあと不可解であったのです。

 すると昨日連れのお方がついに原因を究明。やはりトイレにその問題は隠されていたのであった!連れのお方が疑惑のトイレでずっと気になっていたかすかな音が気になり水が溜まるタンクのふたを開けてみるとなんと水漏れが。タンクの水というのは浮きがあってそれが溜まって上にあがると水が止まるしくみになっているのですが、浮きがあがっても水がちょろちょろずっとながれていたらしいです。ちょっとひねったらポタポタとすこし弱くなったのですがそれでも止まらず。先ほど管理会社に電話して直してもらうことにしました。

 それにしてももっとはやく気づくべきでしたね。壊れるなら一気に暴発するぐらいならわかるのですが、まるでばれない様に水漏れしてるようでありましてこれはやられたなあ。ましてや水道料金は2ヶ月に一回でしょ、うーん巧妙な罠にかかったような。

 教訓。引越ししたらトイレのタンクは必ずふたを開けて中を確認しましょう。とほほ。

最近は家飯

Rimg0007_20  連れのお方が産休に入ったために最近は夕食を我が家で食べてからお店にでかけます。本日はカレー。ご存知のとおり僕はカレーを異常なほど愛しておりましてこれは嬉しい。連れのお方作でありますが、ライスはサフランがはいっており、ルーにはりんごなどをいれてあり辛さの中にもフルーティな爽やかな味わいが。牛は青森と秋田のものを入れたそうでなかなか美味でありました。

 どうも、まったりとしてしまって仕事にいくのがおっくになってしまいますな。それじゃあいけないと思いましてこれから寒空の中、自転車で出かけるのであります。

ただ今思案中

 今考えていること。それは朝起きて仕事にいくまでの時間をどう有効活用しようかということであります。この時間でなにか資格でも取ろうか、それともアルバイトになるようなことでも始められないか、とそんなことを思案中。とにかく、少しでもまた変化を作っていかないと頭も身体も緩んできてしまうなあと実感してまして、じゃあまた勉強したりあらたなチャレンジを始めなければいけないだろうと思っているのです。

 昨年は次から次へと大きな変化があったのでそういうことも考える余裕がなかったのでありますが最近はちょっと落ち着いてきて、そうなるとなんだかそわそわしてくるのが僕の習性らしいです。そういう時はなにかをまた始めたくなっている兆候なのでしてここは次に進むために必要な時期でありましょう。で、今回はただの趣味的なことだけではなく(もちろんそれでもいいけどね)ちょっと金になることをしないといけないのかなと思っておりまして、まあこれを考えていくのも楽しみなことですな。そんなぼろ儲けを考えてはいませんが少しでもなにかできることはないかと考えて将来に備えて勉強するのもいいではないか、なんて思っております。(決して競馬が儲からないからそう考えているのではありません)

 いろいろ流行なやり方というのもあるでしょうが、、もちろん本業があるしね、そっちがないがしろにならない程度で時間を使っていこうということでして今年は真面目に一日一日をどう過ごすか、というのを課題にしております。

結果が・・・

うーん、まだテスト中なのですが狙う馬が出ていないと余計なレースをついやりたくなってしまい、これではまったく意味なし。しかも負ける。狙い以外のレースに手を出さないための策なのにこれでは馬鹿丸出し。我慢しないといけないのも辛いが、今後もテスト続行するしかありませんな。それにしてもだらしない自分を反省。来週はどうなる?!

現在テスト中

 まだG1シーズンではないのですが今年は競馬について少し考え方を変えようと思っております。つまり予想の仕方をもっとぶれないようにしようと思いましてどうしたらよいか、いろいろ悩んでおりましたがちょっと面白い方法を発見。発見というか、今まで知らなかっただけなのですがそれは携帯のJRAVANサイトにあるMY注目馬というのを使ってみようということであります。

 これは自分が追いかけたい馬を登録しておくとその馬が出走する時にすぐわかるというもの。50頭登録できるのですがこれ削除も簡単にできるので追いかけて無駄だと思えばすぐ切ることもできます。ですのでその馬が勝利を収めればそこから削除することも可能でして、競馬を見てジョッキーのミスなどで足を余した馬などを忘れないうちに登録しておけば次に狙えるなあ、とふと気づいたしだい。まあ、以前はそういう馬を手帳につけておいてそれを競馬の前日にチェックするということをやったこともありますが、これ決行面倒くさい。今回この携帯サイトを使うと実に簡単だし、出走予定があればすぐに見つかるしこれは便利であります。

 なぜ、これを使っていこうと思っているというとレース見ていて、これは次回必ず来る!、と気づいてもあっというまに忘れちゃうのよね、普通。思ったときにメモしておけばいいけどそれを自分で管理するのはほんと骨が折れるのでして、こういうことこそネットは使えるのであります。また、こうして注目馬がでないレースは不用意に手を出さねばレースを絞ることもできるわけで無理にお金を捨てずにすむのでは、という考えでもあります。ということですでに十数頭を登録。これですこしいい結果がでてくるといいのですがどうでありましょうか。

再度見つけてしまった!

Image017  早稲田の地下鉄構内で発見。前回以上にこいつは!!帽子は取っているものの、言葉とは裏腹に謝罪で頭をさげることなく、しかも上の空で人を馬鹿にしたようにそっぽを向いているとは!うーむ、この態度はいったい?それにしても見れば見るほど不思議な絵でありますなあ。

ヒーリング

Photo_22  1981年のグロ-ヴァーワシントンJRのライブDVDをお客様のSYさんに頂きました。昨晩仕事を終えてから家で見たのですがなんとも懐かしかったなあ。1981年、僕は17歳。ちょうどこのグローヴァーワシントンJRの「ワインライト」というアルバムを聴いていた頃でして高校生でありました。このアルバム、今聞いてもなかなかカッコイイのですが当時はとても大人の音楽に聴こえましたです。友達の家でテープにダビング(もう死語だね)してもらいましたが僕のイメージではずっと夜の大人のムードなのであります。

 高校生の時にこういう音楽を聴いていたというのも今なら親父臭いなあとも思うのですが、当時はこれが一番お洒落でトレンドな感じがしたのでして、DVDの映像を今見ててもなかなかセンスのあるアレンジをしていたなあと感心。バックのメンバーはすべてスタッフというグループなのですが、これがまた凄い面子でして、ドラムがスティーブガット、パーカッションがラルフマクドナルド、ベースがアンソニージャクソン、キーボードがリチャードティー、ギターがエリックゲイル、それにサックス,グロヴァーワシントンJRであります。これ、この間書きましたけど1984年の渡辺貞夫のバックの面子とほぼ一緒なのでして、やはりどちらにも共通の独特のムードを感じました。まあ、幸せな音楽といいますか、影がないのね。毎度書いておりますが日本にとってもアメリカにとってもあまり悩みのない(というか見えていない)時代が1980年代でして夢見る時代であります。今となると砂上の楼閣だったのでありますが当時は永遠に続くような錯覚をしていたのですね。そういう音楽の一つだと思いますし、それゆえの気持ちよさに、今だから癒されるという側面もあるようです。

 本当なら今だから彼の音楽をまた聞きたいのでありますが、残念なことに2000年に55歳で亡くなってしまいました。夢のある時代ではなくなってしまい彼もまた居場所がなくなってしまった、彼が亡くなった時そんな気持ちになったのを思い出しました。

調子がいまいち

 今日朝起きると喉が痛く身体がだるいです。結局一日中ごろごろ寝ていたのですが未だだるさが抜けず。どうも軽い風邪にかかったらしいですなあ。それでもこれから仕事にいかねばならず気合を入れて出かけようかと思っております。一日で直さないと辛いですね。がんばりまーす。

店頭から消えたと思ったら一転・・

Rimg0003_25  テレビで最近とても話題になったとたん、いきなり今度は大問題になったといえば納豆。まあ、ダイエットにいいかどうかは別として僕は大好物であります。本日も遅い昼飯あんど早い夕飯には納豆でありまして身体にいいとかを抜きにしてやはり美味いなあ、これは。発酵食品というのは独特の匂いがどれにもありまして、これは慣れていない文化圏の人にはとんでもない悪臭なんでありましょう。僕は台湾留学中に現地の方が食べている臭豆腐という発酵した豆腐が苦手でありましてあの強烈な匂いはたまらなかった記憶が今もあります。また、チーズも強烈なのは凄いですしねえ。ただこの手のものはハマルとタマランのでありますね。

 その匂いがあるからこそ納豆はあの美味さに繋がると思うのですが、日本で有名な美食家の北大路魯山人という方はあのクセのある匂いをなくそうと考えたのでして、有名な魯山人納豆という食べ方がありました。これは前に一度自分でやってみましたが、まあとんでもなくめんどくさい。なんたって305回箸で器の中の納豆を混ぜ、そこで醤油を入れたあとまた119回混ぜるというもの。この微妙な回数はなんかワケありのようで適当な感じがしますが、要はたくさんかき混ぜると先ず納豆の粘りがなくなるのね。粘りがなくなると糸を引かないのでしてしかも醤油を入れて混ぜ続けるとまろやかな味になってきます。で、食べてみますとほんと納豆の癖がなくなり食べやすい。ただ、納豆好きにはねえ、なんか物足りないものになっちゃうのでしてあの匂いも和らぎ、糸は引かず、発酵食品独特のクセがぜんぜん感じられなくなった代物。こんなの納豆じゃねえや、と魯山人に言ってやりたくなりましたです。

 毎回こんな酔狂な食べ方している人はそうはいないと思いますが(というかすげー疲れますぜ、腕パンパン)、僕としては醤油も辛子も先に入れ20回ぐらい回して食べるのがベスト。このぐらいだと納豆らしさを損なわず美味しいように思うのでありますがね。

今ではいきなり在庫過剰のだぶつき気味なんだそうで、日本人ってなんか熱しやすく冷めやすいというのもここまでくると笑っちゃいますなあ。まあイソフラボンだかなんだか知らないですが僕としてはこれからも毎日食べたい食品でありまする。

いろいろな意味でGOOD!

Rimg0002_29   土曜日は雨が降り寒い一日でしたが日曜日は朝から冬の晴天。昨日は午前中から外出してなんと東京ディズニーシーへ。お客様のSYさんが昨年結婚のお祝いに招待券をくれましてその期限が今月まで。一月はそんなに込んでいないだろうと思いまして連れのお方も初というディズニーシーのほうへ行ってきたのですが僕はディズニーランドも含め人生で四回目であります。

 なにしろディズニーランドというといい思い出がありませんで、初めていったのが浪人中だったかな(24年前)、高校の友人にドライブに行くとだまされて車に乗せられ途中でもう一人同級生の女の子をピックアップ。どういうことかというと、ドライブに行こうといった友人がその女の子にディズニーランドに誘われて断りきれず、一人で行くのが嫌だから僕を乗せていったというとんでもない話。結局女の子からしてみれば邪魔者の僕はつかず離れず二人のあとをいくことになりそれが初ディズニーですからね。悪夢であります。

 二回目がサラリーマンになってすぐの新人歓迎会(19年前)がディズニーランド。部長と回りました。

 三回目が一昨年(2年前)の三月の連休初日の土曜日、連れのお方の友人家族ご一行がディズニーランドに青森から遊びに来ているということで会いに行くことに。天気も良く、三月連休春休みと好条件がかさなりとんでもない混み様。だって園内まともに歩けないぐらい人しかおらず、乗り物も6時間ぐらい待たないと乗れないということだったので何もできず。パレードはトイレの前でほんの一瞬見ただけ。お茶すら並ばないと飲めない、しかも花粉が鬼のように飛びまくりくしゃみと鼻水で死ぬ思いの素敵な一日でありました。(しかも連れのお方の友人とは最後の最後で人でごったがえすお土産物屋の前でほんのちょっとだけ会えたのでありました)

Rimg0010_7  そんなこんなで今回はどうだろ、と内心期待もあまりしていなかったのですがディズニーシーはなかなか大人でも楽しめる場所でありましたね。とにかく冬の日曜で一月、人が少ない。このぐらいの人数の中を散歩できるのはいいじゃないですか。連れのお方のお腹が大きくなってきているので乗り物は船ぐらいしか乗らなかったのですが、中の景観も古い街並みを再現してあったりしてなかなかシック。それに一日一回の大きなショウを見ましたがこれでもかというぐらいに畳み掛ける演出はなかなか圧巻。なるほど、さすがにエンターテイメントを熟知しているだけあるなあ、と関心いたしましたです。アメリカ的といえばアメリカ的なんでしょうがここまで徹底的にやられると作り物的なちゃちな造形を凌駕して一つの世界にはなっているのでありました。これは子供ができて連れてきたら喜ぶのでありましょうねえ。やはりやるなら徹底的にやる、というのはそれなりに力があるものでありましょう。

 そう、徹底的といえばやはりホスピタリティでしょうか。とにかく仕事とはいえ寒い中みんな笑顔ではきはきと受け答えする従業員は素晴らしいですね。園内はポップコーンが散らばればすぐに掃除して歩く人がいるし、道を聞いたら丁寧に教えてくれるはいたれりつくせり。これは金をとるだけありますよ。(ほかの追従を許さないのは当たり前なんだなと実感いたしました。お見事。(僕も一応サービス業ですから勉強になりましたです。はい)

 日曜日に競馬場ではなくてディズニーシーにいる自分というのもなんとも不思議。とはいえ、一応馬券も買っていましてワンセグでメインをちょっと見ていたのですがなんと完璧に小倉11レースを的中。ひさしぶりに中ヒットでこちらも大満足。(ディズニーまできて競馬見るな!と叱られそうですが)連れのお方も大満足で、帰りは新宿まで直行のバスに乗りましてこれまた楽ちん。なかなかいい日曜でありました。(というかどこへ行こうが競馬が当たればいい一日なのか、お前は)

休日のため

 本日はちょっと外出。昨日は雪が降りそうなぐらい寒かったのですが今日は少し暖かくなりそう。まあ散歩にでもいってきます。では。

今頃になって

 なぜ今頃と言われると思いますが昨日はお店の大掃除。暮れが慌しかったので年明けてからやりましたよ、ばっちりとね。バイトの京子ちゃん、連れのお方を動員いたしまして昼間からカウンター内のものをすべて出しまして先ずは要るもの要らないものを分けましたです。

 なにしろ、僕は捨てられなくて取っておいては忘れて放置してしまいまして、またバイトの京子ちゃんもほぼ同じときてましてこれじゃあ片付くものも片付かない。というので、ここで連れのお方が登場。百円ショップにいっていただき必要なものを買って来てもらって収納の極意をいろいろ伝授していただきました。なにしろ、今流行の?賞味期限が切れた香辛料が、しかも同じものがごろごろ出てくる。本人は見つからないのでつい買っちゃうのですが、実は奥にあってそれが放置プレー状態。そうならないようにちゃんといろいろとプラスチックの箱などを買って来ていただき、きちんと分けて収納なのですね。

 それと、汚れを特殊なスポンジで落としまして、そのうえに汚れてもいいように透明のプラスチックシールを貼りまして、これも連れのお方の提案でなるほどと僕と京子ちゃんは関心しきり。こういうアイディアは僕はもちろん、京子ちゃんもまったくありません。うーん、こりゃ連れのお方に定期的に見てもらってアドバイザーになってもらったほうが良いね。

 というので、去年どころかそうとうに長いこと手がつかなかったところまで徹底的にやってようやくすっきりしたカウンター内になりました。あとはこれを維持するように努力しないとね。頼むよ京子ちゃん!(あ、僕もね!!)

ああ、思い出しただけでも・・・

 世の中それほど景気が良くなってはおらずみんななんとか金稼ごうかと必死なのはよくわかります。しかし、だからといって時間もわきまえずしかも失礼極まりないあの電話のセールスにはさすがに頭にきますね。昨日も仕事中の夜11過ぎに「オーナー様いらっしゃいますか、私NTT代理店のなんとかと申します。今電話料金が改定になり・・・・」というお決まりのフレーズの電話。もういいかげんにしろという気持ちになりましてね、「いったい何時にかけてるんだ。こっちは営業中なんだ、馬鹿野郎!」と言って電話を切りました。すると間髪いれずまたコール。でるとまたさっきのセールス男が「いきなり切られましてお話したいことが・・・・」とのたまいやがる。もう、頭にきましてそうとう汚い言葉をつい言って受話器を置くと、またコール。もう何も言わずに切りましたけどね、あれはひどすぎる。完全に営業妨害でありますね。(その10分後にまたコールがあって、今度はでたら向こうが何も言わずに切りやがった。相当しつこい上に小さい野郎だね)

 それにしても、もう最低限のルールも守れない馬鹿ばかり。まあ、あの悪質メールが毎日大量にくる時代だから当たり前なんだろうけどね、NTTも代理店と言わせて金取ってるんだろうからなんとかしろよ。しかも、ほとんど詐欺に近いセールストーク。別にそいつらはただの代理店のくせして、まるで電話工事をすることが決まっているからみたいなことを言いやがる。どこの電話会社を選ぶかはこっちが考えることなのに、いまだNTTと言えば国でそう決まったからのような誘導をしてかってに契約を結ぼうとするのね。あれは騙しでね、手数料稼ぎのためにやっているにもかかわらずお年寄りなんかはつい話聞いてしまって勝手なことされちゃうのでしょう。NTTはそういうこと解かっていて見てみぬふりしているのは明白。これは相当悪質だと思います。

 それにしてもほんと迷惑極まりない。時間は深夜でもおかまいなし、何度でもかけてきてあれは一種の暴力ですね。だいたい電話でというのが失礼でね、そんなに話きいてもらいたかったら店にこいと言いたい。まあ、それでも門前払いだろうけど。ネットでもこの「NTT代理店」なるところとのトラブルはかなりの数が報告されてます。みなさまもこういう馬鹿どもを相手にしないように。それにしてもNTT、光ケーブルとかも全部やめて他に替えちまうか。ああ、腹立つ。

 

ジレンマ

Photo_21  ジャズピアノのレッスンを通じてジャズの理論やアドリブ練習などを始めてからはや4年。昨年は私事の諸々であまりまじめに練習できなかったのですが、今年はもう少し体系的に訓練したり理論をもっと身体に染み込ませたりしていきたいですね。それにしても、もう4年以上かア。

 最近、自分の耳が不感症になってきている気がしまして、なにを聞いても以前のような新鮮な驚きがあまりないのよね。この間も深夜にあるラテンバンドのライブをテレビでやっていたので見ていたけどぜんぜん面白く感じない。数年前はライブにいったりCD買ったりして気に入っていたバンドなんだけど、今の僕には何も訴えてこないのです。お決まりの曲をお決まりのアドリブ回しでお決まりの決め。ただの予定調和にしか思えないしアドリブもおざなりな感じに聴こえるし、これは僕が変わっちゃったせいなんだろうなあ。

 ジャズを自分で演奏したり、インプロビゼーションをするための理論などを勉強してね、ある程度理解できてくるとそれまでまるでマジックをみていたような世界が色を失って急になあんだ、という感じ。まあある意味種あかししてしまった手品みたいなんだろうけど、それまで僕にとってジャズミュージシャンはすべて垂涎の的だった人たちだったのが、そうでもなくなっちゃったのであります。

 あんなにどのCD買っても「凄いなあ。羨ましいなあ。僕と彼ら彼女らの頭は構造が違うのだろうか。どうしたらあんなに自由にアドリブがとれるのだろうか?」と感激していたのに、今やなんにも感じないアルバムの多いこと。知りすぎるというのもこれまた悲しみなのでありましょうか。確か開高健がエッセイか何かで「人は右手で何かを得ると左手で何かを失う」というようなことを書いていたと思うのですがまさにそういう感じなのかな。

 そんなちょっとしたジレンマの中で、ふと店でミシェルぺトルチアーニのピアノが聴きたくなり「LIVE AT VILLAGE VANGUARD」の「ナーディス」という曲を聴いてみました。なぜこのアルバムを聴こうと思ったかは解からないのだけれどそんな気分でね。すると、くるのよ、ガツンと胸に。ペトルチアーニのピアノは不感症の僕の耳と心にビシビシ入ってくるわけ。ああ、僕が求めているのはこういう音楽、ジャズなんだってね、そのとき解かりました。しょうがないんだなあ、これは。やっぱりいいものはいいのでね、しかも当たり前なんだけどそれはエゴイスティックなぐらい僕にとってどうかということでいいんだってね。もう、今の僕にはつまらなくなってしまったものはたくさんあるけど、でも逆に胸にズンッと衝撃がくるというのも昔よりも深度が増しているようでもあるのですね。そのあと、お気に入りを片っ端からかけまして、ジョーイカルディラッツオ、ブラッドメルドー、ハービーハンコック、ナタリーロリエ、みんな涙がでるぐらいすげーんだ、と一人再確認。ああ、もう後戻りできないのかもなあ、でもいいや、前にはこんな凄い人たちもいっぱいいるし、と一人ごちたのであります。

 このジレンマはしょうがないと思って諦めるしかないようです。別にジャズじゃなくても若い時夢中になったものが今ではすっかり色褪せてしまったものもたくさんあることだしね。もうこうなりゃもっともっと極めていってその先になにが見えてくるのか、そこまで行ってみるしかないのかもしれません。やるか!

巨星堕つ

Maichael  もうご存知の方も多いと思いますが1月13日にジャズサックスプレイヤーのマイケルブレッカー氏が57歳で亡くなりました。これでまたジャズ界は大きな才能を失ったことになります。それにしてもブレッカーがこんなに若くして亡くなってしまうとは。

 ブレッカーは正直言うとここ数年になって彼が凄いプレイヤーだと真に理解しだしまして、本当に大好きになったのであります。もちろん学生時代からブレッカーブラザースの存在も知っていたのですが、当時のヘビーメタルバップなどのハードなフュージョンはその頃の僕はどうも好きになれず馴染めなかったのです。

 思い出すのはブレッカブラザースが再結成して1993年夏、日本にマウントジャズフェスティバルで来日した時。僕は車で山中湖まで聴きにいったのですが、そのときに初めてブレッカーを生で聴きましてただただ凄いテクニックだと感じました(それでも凄い以外の感想がないのですが)。この翌日(ほんと箱根の山降りて実家まで車とばして、寝て起きて成田に行った)に僕は28歳にして香港駐在として成田から南に飛び立ったのでありましてそれもあって今となっては印象深いものになっています。

 僕が本当にマイケルブレッカーの凄さを実感したのがこの写真のアルバム「 Two blocks from the edge 」。ジェフテインワッツの強力なドラムにやはり大好きなピアニスト、ジョーイカルディラッツォがガツンガツン絡むそれは白眉なアルバムでありまして、ブレッカーのインプロビゼーションが凄まじいのは当たり前ですが、その楽曲のカッコよさも近年のジャズでは群を抜いていると思います。もう今から10年近く前の録音になってしまいましたがその先進性、攻撃性、新しいジャズとしての魅力は未だ色褪せていないと思います。正直、これ以上の作品をもう一度ブレッカーで聴きたかったなあ。残念至極であります。ご冥福をお祈りいたします。

なぜしがみつくのか

 正月明けから世間ではあの、兄妹と夫婦の二つの事件で大騒ぎでありますね。もちろんバラバラにしちゃったというのはショッキングなことでありますが、ただその部分を除くとある意味現在の家族が持っている割と一般的な問題から生じている、ように思えます。なんかね、兄妹にしても、夫婦にしてもなぜ一緒に同じ屋根の下に暮らしていたのか、ということね。

 これは現在だから問題になることなんだと思うのですが、一つ屋根のしたに暮らすということ、親子だったり、兄弟だったり、夫婦だったり、当たり前のことに思うでしょうがこれが昔のように幸せなことかどうか、という問題があると思います。もちろん、今だって家族が一緒に幸せに暮らすことも可能だしそれも良いのだけれど、自明であって説明の必要すらない数十年前とは現在の状況が変わっているというのを理解しないとこのバラバラ事件の本質はわからないと思います。

 家族であること、家族である必然性、これが今、きちんと自分で答えを見つけて家族一人一人が自覚的に意味を考えていないと「家族」に属することが逆に辛いという状況が実はあるのです。「え!なんで家族であることが辛いの?」と思う人がいるかもしれない。まあ、僕の世代前後まではそういうことを別になんとも思わないというか、みんないっしょなら幸せ、という幻想で生きてこれた時代ですからよく理解できないかもしれない。しかし、今の20代から下の世代では明らかに僕らとは違う、そういう幻想のない殺伐とした世界に生きているともいえます。そして、そこには「家族」を繋ぐものがとても打算的なものになっているのかもしれません。

 考えてみるとあの兄妹も夫婦も普通の人より金銭的物質的生活レベルは高いところにいたでしょ。物質的にはなんの不満もない場所で生きていたわけでね、そういうことに不満はなかったはず。というか、そこに問題があるのでして、その物質的に満たされそれが当たり前になっているというぬるま湯的状況からあの妹、もしくは兄、それとあの妻も抜けられなかった、脱出しようと気持ちすらなかったということなんですね。確かに妹は家を出たいと思っていたらしいですが、やはりあの恵まれた家に繋がれているから受けれる恩恵もよくわかっていたはず。兄はそれにしがみつくしかできない人間になっていたと思うし、両親もそれが幸せなんだと信じていたでしょう。また、もう一つの事件の妻も旦那が稼いでくる金とそれのために実現しているああいう生活というのを絶対に手放したくなかった、だから離婚もしてこなかったのです。そして、二つの事件ともその手放したくないものと引き換えに精神を病んでいった、これは決して特異な症例じゃないと思いますね、この現代の状況では。

 貧乏な状況はまたそれゆえの悲劇というのも生むのではありますが、こういうことはないようにおもいますね。だって、そうだったら妹はさっさと家出するだろうし、兄はとっくに働きに出されているだろうし、妻は当然離婚しているでしょう。これは金を持ったからいけないということではないのでしてね、兄と妹だったり親と子だったり、また夫と妻はなぜいっしょにいるのか、一つ屋根に暮らしているのか、こういうことの本質をちゃんと理解しているのか、ここにつきるのです。わかった顔してね、それが実はある代償でしかない、ということがいろいろ現在の生活には潜んでおりましてそれを意識的に検証しないと家族としての意味なんてなんにもない、そんな裏を返せば殺伐とした状況なんだと思います。まあ、みんなそれをうすうす解かっていながら見ないように見ないようにして、毎日をうっちゃっていたりするのだけれども、もう家族であるから幸せ、なんてことは自明にならないのであります。両親がいるから悲劇ということだってある、また子供に殺される親のなんて多いことか。夫が妻を妻が夫を殺すなんてもはや日常茶飯事でしょ。それでも「うちは大丈夫」なんて言ってられないはず。一つ屋根の下に暮らすこと、それはけっこうキツイことが当たり前なんでしょう。

 もちろん、それをキツイ状況から一緒にいる意味を見つけほっとできる場所に、というのはできることなんですがそれは昔のようにただ漫然と暮らしていてもだめな時代なんだと思います。いろいろな代償というものを理解しつつ、本質を常に考え、もちろん愛情とはなにかとかね、根本的なことも踏まえつつ、しかもあるときは家族としての演技も必要となる。すべてを正直にさらけだせばいいというほど単純でもない、演技をしなきゃいけないのだけれど、演技をしているんだという自覚を持ちつつその状況を保たなければいけないこともある。「そんな難しく考えなくてもいいじゃん」と言われるかもしれませんが、いい親を演じたり、聞き分けのいい息子や娘を演じたりしたことは誰でもあるはずなのでね、それをある本質を壊さないためにしているんだ、という自覚を持てるかということ、こういうことも(もちろんこれがすべてじゃないが)必要だったりするのです。

 つまり、これは家族であり個であるということの自覚、と言えまして子供もなるべく早く個としての自覚をもったほうが現代においてはいい、と僕は思うのです。この個の問題は実は大人でももてない人もいるのでなかなかやっかいな問題ではありますが、家族であることと同等に個であることを尊重しないといけない。そして家族であることが個であることの存在を脅かすようであれば、すみやかに家族から切り離せるような流動性、これがとても大切に思うのです。この流動性、がないとほんとうにキツイ。あの兄にしても、妻にしても、まったくそういうものは持ってなかったのでね、動けないところでぐちゃぐちゃになっていたのでしょう(個というものがどこまで完成していたかがそもそも疑問だけれどもね)。これは弁護しているわけではないのであしからず。

 死ぬか、生きるか、選択ができるというのは幸せでありましょう。でも、生きるしかない、というまったく選択がなかったとしたらそれは実はキツイのよ。もちろん死んじゃだめなんだけど、でもねそういう選択の余地があるから生きていけるともいえる。だから、家族を抜けたかったらそれもありという選択の余地もこれからは必要だと思うのです。戻りたかったらまた戻れると言う選択の余地も離脱後あるようにね。そして本質以外にびっしりこびりついた代償というものを一つ一つ引っぺがしてね己の心を知る、これがないと家族も夫婦も現在に存在する意味を見つけることはできないのでしょう。それはただ相当に難しいこと。みんなが同じ方向を向いている時代ではなくなっている昨今、親であること、子であること、夫であること、妻であること、そして家族とは夫婦とは、意味すら曖昧なのが21世紀なのであります。

 

ギャラリー、銀ブラ、フレンチ

Rimg0001_44  久しぶりに銀座を歩きましてちょっと寒かったのですが天気良く気持ちよい日曜日。バイトの大久保京子ちゃんの人形展におじゃまいたしました。

 相変わらずの独特の世界がとても楽しくまたユーモラス。不思議でかわいらしい造形の中にもちょっと毒もあったりしてなかなかのものであります。小さいものでも顔などの細部まで徹底的に作りこんでいて角度によっていくつもの表情をみせる人形たち。紙を使った質感も独特のものでよく見れば見るほどその味わいが染み出てくるように感じました。

Rimg0003_edited_2  なかでも僕のお気に入りがこのうさぎ。足湯に浸かっているらしいのですが人間の親父みたいにパンツをたくし上げている(もちろんうさぎはパンツはいてないけど)。この擬人化した動物の動きというのが大久保ワールドの真骨頂でありますね。こんなうさぎがどこかにいそうだなあ、と思わせてしまうところがね、なんともゆるーく良いのですなあ。これは心にゆるっと入ってくる気持ちよさがありましたです。

Rimg0008_17  すっかり大久保ワールドでほんわかとしたあとに外に出ると冬の明るい銀座。美味しいパンなどを連れのお方がデパートで購入。ゆっくりとした時間が流れた日曜日になりまして、夕飯は自宅近所のリーズナブルなビストロでフォアグラのテリーヌ、海老とほたてのアメリケーヌソース、鴨の胸肉のローストと赤ワインなどいただき、さらに良い気持ちになり帰宅。いい休日でありました。(これで競馬が当たりゃいうことなしなんだが・・・)

本日は銀座へ

Pocket  もっと早く告知すべきでしたが、ザジで働いてくれている大久保京子さんの人形展、本日ラストであります。今からでも行かれる方はギャラリーのサイトで場所をご確認くださいませ。

 本日夕方6時までですので銀ブラの途中にぜひお寄りくださいませ。僕らもこれから銀座に行ってきます。では。

不愉快なこと

 TVコマーシャルというのは大多数の人間を相手にストレートに解かりやすく意図を伝えるためにできているのですからステレオタイプ的なベタな表現が多くなるというのは当たり前でしょう。そういうことを解かっていて見ていてもやはり不愉快な表現、人を馬鹿にしているのではないかと思われる作りのものがあり嫌な気分になることがあります。

 最近、特に耳にもつき不愉快なのが某酒メーカーの黒ウーロン茶のコマーシャル。中国人と思われる男たちが食事をしながら女性が弾くピアノの伴奏でみんなが歌うあれなんですが、あれは中国らしさを徹底的にベタにシンボリックな表現にしてみるとああなるということなんでしょうけれども、いかにも広告代理店的いやらしさがプンプンしていてなんとも気持ちが悪い。僕は中国との仕事を前にやっていてあの雰囲気をある程度知っているだけになおさら嫌なんでしょうが、あの「中国とはこういうイメージだろ」という乱暴な切りかたはどうしても抵抗がありますね。

 ひとつひとつが徹底しているからそれはある意味凄いかもしれないけれどね、まず歌があの昔の童謡調に合いの手を入れるというのがどうも人民公社時代の労働歌みたいなのから持ってきているのは間違いない。正直今時みんなであんな歌を歌って飯くわないわけでね、カラオケはしてもあれはない。それも全部毛沢東みたいな男ばかり、あきらかに一昔前の中国共産党幹部の昼食風景なわけよ。一般の人間があんな場所であんな食事が取れるわけが無いしね、あのかび臭そうなちょっと暗めな部屋というのが、僕が20年ちかく前に出張でいった中国の工場にかならずあった共産党幹部来訪時のための特別室にそっくりなのよ。なぜかピアノもあったりしてね。まあ、外国人もそこにとおされるわけですが特権階級だけが入れる場所なんで、まあ特権階級が飲んでいるという高級感と神秘性をだしたかったのでしょうがそれにしてもいやらしい。

 それとあのCMにはやはり中国的なものをどこかで笑っている目線を感じるのは僕だけでしょうか。ああいう歌って中国っぽいよ、とか、あのピアノを弾いている女性の服って中国だよね、とか。中国人の髪型って毛沢東だよなとか、円卓でみんなナプキンをして食うんだよなとか。僕が中国人だったらきっと日本人は馬鹿にしてるんだなと思うのですがね。日本人だってアメリカ映画でいまだに忍者や芸者がでてきてへんな和服の着かたをしていたり、ちょんまげ結った人がでたりすると不愉快になるはず。それと同じことじゃないですか。

 ああいう手法というかね、考え方をヨーロッパやアメリカに対してできるのかというと西欧にはすぐひれ伏しちゃうのが日本人でね、中国だからあれでいいだろうっていう意識はあるように感じますね。まあ、政治的には日本といろいろあるのでそういうことは置いておいて一つの文化として相手の国を見たときにあんな表現は失礼極まりないと僕はどうしても思います。そしてそれに対してステレオタイプとして受け入れてしまうのが今の日本ならこの二つの国がお互いに相手の文化を尊重するという状況にはほど遠いのでありましょう。

 製作側もクライアントもそこまでシリアスに考えないである意味ユーモラスに作ったぐらいにしか思っていないのかもしれないですがね、僕はとても笑って見ることはできないし、あのCMのたびにほんと気分が悪くなります。まあ、このCMだけではなくただの悪乗りみたいな下品な表現が多くこの国の民度、節度を疑うものが他にもたくさん垂れ流されている。ですのでこのCMもべつにどうってことないし目くじら立てる必要ないだろ、とほとんどの人が思うのでしょうが多少なりとも中国に関わった僕としては馬鹿にするなと言いたい。この馬鹿にするなは、中国に対して失礼だという意味と、「日本人の中国に対する一般的認識ってこんなんだろ」という製作サイドの視聴者の捉え方に対しての怒りの意味があり、昨今どうもマスメディアは大衆を「こんなもの」というように愚民的扱い(まあ、そういわれてもしょうがないかもしれないが)をしているように思うことがしばしばあるのでひとこと言わせて頂きました。

1984

Rimg0002_edited_3 この古ぼけたパンフレットは1984年の渡辺貞夫のコンサートのものです。今年の正月に実家に戻っていた時に発見。当時僕は19歳でして今から23年前!になってしまうわけでしてよく捨てられずに残っておりました。この頃僕は一浪後大学に入った年でしてたぶんホッとして青春を謳歌していたのでありましょう。

 この時のナベサダはフュージョンブームでブレイクした後でして国民的有名人になっていました。今じゃ考えられないねえ。だって歌手じゃなくてジャズミュージシャンでサックスプレーヤーがコマーシャルばんばん出て、ジャズ聴かない人だってナベサダって誰だかわかるぐらい有名人になったのですから。これ、今だったらマツケン並のブレイク有名人ですよ、ナベサダ。

 まあ、そんなことはいいとして、このツアーのメンバーが超豪華。さすが売れに売れていたのとバブル前夜の日本であります。ドラムがスティーブガット(今じゃクラプトンのバックで叩いているのよ)、キーボードがリチャードティー(故人)、ベースがウィルリー(24丁目バンドでしたな)、パーカッションがラルフマクドナルド(彼もいまや大御所)、ギターがエリックゲイル(彼も故人だったよな)ともう今からじゃ考えられないほど贅沢なメンバーでありました。当時、僕はガットのドラムばかり見ていたように思います。その変幻自在のテクニックは凄まじく釘付けでありました。今思うとリチャードティーやエリックゲイルも良く見ておけばよかったなあ。それにしても懐かしい。

Rimg0003_23  懐かしいといえばこのパンフレット。ナベサダの若いころの写真がばんばん載ってますがおもしろいのが広告ね。ランデブーというレコード(当時はまだほとんどレコード)発売記念のコンサートだけどさ、男性化粧品のキャッチコピーが「おもわず、夏とランデブー」というのはねえ、あまりにも安直ですなあ。すげーやっつけ仕事な感じがわかりますね。それにしても草刈正雄とナベサダの若いこと。格好もバブル前夜80年代を象徴しておりましてこの時今のような日本がくるとは誰も思っちゃいなかったのでしょうねえ。

 もう国民ほとんどが浮かれまくっていた時代でもあります。そんな最中に大学生になった僕でしたがご多分にもれずやはり浮かれていたのかもね。僕にとってはある意味幸せな時代でもありますが、幻に酔っていて現実が見えていなかった時代でもありましょう。このパンフレットを見ているとこの23年間という時の重さ長さをどうしても感じてしまい、大学生活をスタートして10代最後の年に何を考えていたのか、未来を将来をどう見つめていたのか、今もう一度自分で当時の自分を知りたいと思うのであります。

僕はこういうものが好き!

Rimg0001_43  前々から欲しいと思っていて、ついに購入した優れものです。ハリオコーヒードリップケトル。ようやくちゃんとペーパードリップでコーヒーが落とせるのでありまして嬉しいのであります。

 コーヒーを入れるためだけという潔さがまた美しい。この細い注ぎ口だからこそきれいに「のの字」を書きながらお湯を注ぐことができ、粉がふわっと浮いてくるような状態をキープしながらコーヒーを落とすことができるわけです。

 専用なんでね、ちょっとお値段するなあと思っておりましたがちょうど初売りで安く売っておりまして迷わず購入して大正解。オールマイティになんでも使える物の良さというのもありますが、このケトルのようにある目的の為にだけこの世に存在する物というのもいいものです。徹底的にその機能だけに特化して作られてますからね、コーヒーをいれながらその機能性に酔いしれることができる、というのもこのケトルについてきたもう一つの魅力でもあります。

今年こそなんとかせねば

 昨日は一日中酒が抜けなくて苦しい思いをいたしました。いやあ、ほんと回復力がなくなっていますね。胃はずっと調子悪いしあきらかに肝機能が低下しているような気が。結局太りすぎたということなんでしょう、肝臓数値がやや高めなのもメタボリックな身体に原因があることは間違いないですね。これは真剣に痩せることを今年の目標にしないといけないと思ったしだいです。

 もう42歳にもなると当たり前と開き直ることもできるわけですがそれじゃあ親父の道まっしぐらでして、かっこ悪くお洒落にも興味を失っていきあっという間に老けること間違いなし。やはりこれからが意識してカッコよく生きなければいけないのでありまして本気で痩せることから始めようということです。昨年もそういうこと言ったのですが結局なにもできずたるんだ身体に活をいれなければ。

で、ざっとダイエット計画を。

1.体重計に毎日乗る。(すこしづつでもいい結果がでると乗りがいがあるのですがね)

2.仕事から帰ってきたらできる限り酒は飲んでもつまみを食わない。(ここはかなり重要)

3.ゆっくりと時間をかけて食事をするようにする。(これも習慣化が必要、僕はとにかく食べるのが早い)

4.一気に体重を落とそうとせず段階的にゆっくりと。(これが難しいのですがね)

 さて、言うは安し行うは難し、今年はちゃんと実行し結果をだせるのでしょうか。

年明けいきなりやっちまいました

Rimg0006_12  本日更新がこんなにおくれたのはお察しの通り久しぶりの二日酔いのためであります。昨日我が家で仲の良いご夫婦といっしょに鰤鍋(正確にはイナダ鍋)をやったのですがこれがなかなかいけまして、しかもほっとできる鍋会でついつい焼酎を飲みすぎましてやっちゃいました。もうボロボロ。胃が痛いのは収まりましたがまだポーとしておりましてここでシャワー浴びて気合をいれて仕事にいくのであります。とりあえず今日はこの辺で、ああ、今年もまたかい!

本日はお休みです

 正月明け早々またお休みで申し訳ない。本日8日月曜日、祭日のためお店はお休みです。今日は我が家でゆっくりとしております。では。

やられたあ!

 先週のことなんですが年明け早々ある意味、事件に巻き込まれました。というのもですね、この間の金曜日にある金融会社から電話がありましてマスターカードを使用の支払いがまだだからすぐ払って欲しいとのこと。とりあえず分割の一回目で3000円だというのですが僕にはそのカードを使った記憶がない。というかこの一年そのカードはまったく使っていないのでして一体何に使っているのかを逆に電話で担当者に聞きました。すると、少し待ってくれと言われ調べてもらうとこれがインターネットを使った対戦ゲームを提供している会社からの請求で70000円使っていると言われました。

 これはすぐにやばいな、と思いましたね。というのも僕はそういうことはまったく興味がないのでそんなサイトを使うわけもないし、いくわけもない。ですのでこれは今流行のスキミングをやられたということなんだと理解しまして担当者にまったくこのカードは使用していないのでこれは不正利用されたということを伝えました。そのため、カードはすぐにストップしてもらい返却、そして徹底的に調査をすると約束してもらい一ヶ月ぐらい時間をくれとのことでした。

 まあ、この件については僕の方に請求がくることはまずないと思いますが、ついにこういう事件が自分におこるとはちょっと驚きであります。それにしても、11月の中旬に二日間で3000円のゲーム使用料金を23回と1000円を1回という記録だそうで、それで合計7万円。なんかしょぼいといえばしょぼい。どうせ使うなら限度額一杯に数十万円使えばいいのに半端な額。それにゲームサイトで使用というのもねえ。こりゃオタクか子供の仕業でしょうか。

 それとスキミングされた原因なんですが、使った日が昨年の11月中旬。これであっ!と思うことが。僕11月初めに引越しをしていましてそのときに数年前に壊れためにベランダに放置していたデスクトップPCのタワーを粗大ゴミで捨てたのです。それの中にマスターカードを使用した記録が残っていたのではないのか、それがどうも濃厚な線なのであります。もうモニターにまったく映らないしベランダで数年死んでいたので大丈夫だろうとたかをくくっていたのがまずかったみたいですね。きっとチップ(でいいのかな)だけ取り出して解析したのでしょう。でも、それで使用したのがネットゲームというのがねえ。やはりガキの仕業なんでしょうか。

 ということでこれはいい勉強になりましてPCは絶対に普通に捨てちゃだめですね。どこからなにが盗まれるかわからないのでして、気持ち悪いし怖い話であります。いやあ、21世紀らしい、というかそういう時代になっているというのを改めて思い知りましたです。皆様もくれぐれもご注意を。

(なお、経過はわかりしだいまたここでご報告いたしましょう)

2007東西金杯予想

 もう毎年恒例なので今年も予想を。結局j競馬は一年中あるわけでしてどうしようもありませんな。まあ、今年の運試しということで。

 さて、まずは東から。2000メートル中山ですが、この冷たい雨ですからね、荒れそうな匂いがプンプンいたします。それで、ここは雨が得意な馬からいったほうがよさそう、と思います。それと大型馬ね。根性とやる気のあるジョッキーと馬、これが大事な気がします。

 で、前走でなかなか根性のあるところを見せてくれ、しかも軽ハンデの穴馬フォルテベリーニあたりが面白い。せっかく運試しなのでこれを軸でいってみようかとおもいます。

三連単フォーメーション

1着5

2着2,3,8,11,13,16

3着2,3,8,11,13,16

1着2,3,8,11,13,16

2着5

3着2,3,8,11,13,16

西のほうはマイネルスケルツィで。このあたりが勝ちごろな気がします。上手く逃げれれば面白い。

1着12

2着2,4,5,9,14,15

3着2,4,5,9,14,15

1着2,4,5,9,14,15

2着12

3着2,4,5,9,14,15

以上初予想であります。

本日1月5日始動

 本日初仕事、ザジ営業いたします。しっかりお正月休みいただきまして休養万全、今年もしっかり仕事いたしますよ。とはいうものの、金、土と営業するとまた日、月と2連休、しょうがあるまい。7日(日)と成人の日8日(月)お休みになるのでご注意くださいませ。しつこいようですが、本日5日(金)6日(土)はちゃんとやってますのでぜひいらっしゃってくださいませ。今年もあまり難いこといわないでジャズ、ボサノバ、フュージョンなどバンバンかけて、様々な料理や酒をバンバンだしますのでよろしくお願いします。

あえて無理をしてみる

Rimg0006_11  明日からいよいよ仕事開始。本日は東京の家に戻ってゆっくりと過ごしたかったのですが、結局五反田、新宿とお買い物。まあ、いろいろ準備がありまして買い揃えなくてはいけないのであります。今年はそういう年なのですね。

 冬のコートが欲しくて探していたのですが気に入ったものがやっと見つかったので買ってしまいました。僕はなかなか気に入ったものが見つからないので、見つけたとき買わないと後悔することになるわけでして少々高かったのですがこのレザーコートを結局購入。でも、これはかなり気に入りました。これは長く付き合っていけそうな気がいたします。問題は僕がこれ以上太らないようにするということでありまして、むしろこれがしっくりとするためにはもう少し痩せないといけないかもしれない。そういう意味も込めてあえてこのサイズで購入、というわけであります。

信心深いわけではないが

Image016  今年も結局初詣は新宿花園神社でありました。僕は吉、連れのお方は末吉。まあ、このあたりがよろしいかと。日々何事もなく無事に過ごせること、これすなわち幸せであります。

 三日のお参りはさすがにそれほど混んでいなかったのでわりとすんなりといきました。当然、今年はお祈りすることもそれなりにありましてそれほど信心深いわけではないのですがちゃんとお願いいたしましたです。いい年でありますように、というのは毎年同じでありましょうが、毎年同じ事を同じようにする、ということもそれなりに意味のあることでありましょう。なにかをすることでなにかが完結する。そこで一つの在り様に意味がでてくる。それを盲目的にという気持ちには僕はなれないのですが、そういうものも自分としてはないがしろに出来ない、そんな微妙なバランスをとりつつ生きていく、そんな気がいたしますです。

実家の近くで見つけた

Image015_1 謝っているようで謝っていないのね。しかも頭さげていないので正面からの顔が。これは工事中の看板としては珍しい。隣の犬も意味不明。個人的にヒットしました。

2007元旦

 元旦であります。現在実家(葉山)に連れのお方と帰省中。さすがに今日はゆっくりしておりまして、朝から日本酒を飲み、昼からワインを飲み、夜からビールを飲んで、さてこれからなにを飲みますか。明日も葉山に滞在して、三日に鎌倉八幡宮にて初詣をしてから東京に帰ります。

 まあ、念頭の挨拶というほどではないですが、今年もお店、僕、共々よろしくお願いいたします。世間では暗いことが多い時代であります。それは新年になったからといって何が変わるというわけでもありません。なにも理由もなく楽観的にもなれず、かといってうつむいて歩いていてもいいことなどあるはずがない。だからといっちゃあ何ですが笑って、無理してでも笑顔で前を向いていきたいものであります。絶望の反対は希望しかない。表裏一体でありまして、どっちにも人間は身をおくことができるのですから、どうせどっちかにいるのだったら希望を持って生きる側にいようではありませんか。2007年、希望をどれだけ見つけて周りの人たちといっしょに分かち合えるか、そして共に笑うことができるか。それが僕の今年のテーマであります。

« 2006年12月 | トップページ | 2007年2月 »

twitter

  • twitter

最近のトラックバック

2015年4月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
無料ブログはココログ