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ジレンマ

Photo_21  ジャズピアノのレッスンを通じてジャズの理論やアドリブ練習などを始めてからはや4年。昨年は私事の諸々であまりまじめに練習できなかったのですが、今年はもう少し体系的に訓練したり理論をもっと身体に染み込ませたりしていきたいですね。それにしても、もう4年以上かア。

 最近、自分の耳が不感症になってきている気がしまして、なにを聞いても以前のような新鮮な驚きがあまりないのよね。この間も深夜にあるラテンバンドのライブをテレビでやっていたので見ていたけどぜんぜん面白く感じない。数年前はライブにいったりCD買ったりして気に入っていたバンドなんだけど、今の僕には何も訴えてこないのです。お決まりの曲をお決まりのアドリブ回しでお決まりの決め。ただの予定調和にしか思えないしアドリブもおざなりな感じに聴こえるし、これは僕が変わっちゃったせいなんだろうなあ。

 ジャズを自分で演奏したり、インプロビゼーションをするための理論などを勉強してね、ある程度理解できてくるとそれまでまるでマジックをみていたような世界が色を失って急になあんだ、という感じ。まあある意味種あかししてしまった手品みたいなんだろうけど、それまで僕にとってジャズミュージシャンはすべて垂涎の的だった人たちだったのが、そうでもなくなっちゃったのであります。

 あんなにどのCD買っても「凄いなあ。羨ましいなあ。僕と彼ら彼女らの頭は構造が違うのだろうか。どうしたらあんなに自由にアドリブがとれるのだろうか?」と感激していたのに、今やなんにも感じないアルバムの多いこと。知りすぎるというのもこれまた悲しみなのでありましょうか。確か開高健がエッセイか何かで「人は右手で何かを得ると左手で何かを失う」というようなことを書いていたと思うのですがまさにそういう感じなのかな。

 そんなちょっとしたジレンマの中で、ふと店でミシェルぺトルチアーニのピアノが聴きたくなり「LIVE AT VILLAGE VANGUARD」の「ナーディス」という曲を聴いてみました。なぜこのアルバムを聴こうと思ったかは解からないのだけれどそんな気分でね。すると、くるのよ、ガツンと胸に。ペトルチアーニのピアノは不感症の僕の耳と心にビシビシ入ってくるわけ。ああ、僕が求めているのはこういう音楽、ジャズなんだってね、そのとき解かりました。しょうがないんだなあ、これは。やっぱりいいものはいいのでね、しかも当たり前なんだけどそれはエゴイスティックなぐらい僕にとってどうかということでいいんだってね。もう、今の僕にはつまらなくなってしまったものはたくさんあるけど、でも逆に胸にズンッと衝撃がくるというのも昔よりも深度が増しているようでもあるのですね。そのあと、お気に入りを片っ端からかけまして、ジョーイカルディラッツオ、ブラッドメルドー、ハービーハンコック、ナタリーロリエ、みんな涙がでるぐらいすげーんだ、と一人再確認。ああ、もう後戻りできないのかもなあ、でもいいや、前にはこんな凄い人たちもいっぱいいるし、と一人ごちたのであります。

 このジレンマはしょうがないと思って諦めるしかないようです。別にジャズじゃなくても若い時夢中になったものが今ではすっかり色褪せてしまったものもたくさんあることだしね。もうこうなりゃもっともっと極めていってその先になにが見えてくるのか、そこまで行ってみるしかないのかもしれません。やるか!

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ジャズその他音楽」カテゴリの記事

コメント

贅沢なジレンマですね(笑)

最近そういえば JAZZ 聴いてないですねぇ
むかしみたいに、JAZZ喫茶なんかいかないし
プレーヤーも壊れて、むかしのLP(古~(笑))も
宝の持ち腐れ 状態。
今ふと聴いてみたいなぁ と思ったのは
セロニアス モンク 


そう贅沢な悩みであります。モンクも大好き!!ああいうピアノは弾けません。モンクのドキュメントムービー「ストレイトノーチェイサー」もいいですよ。

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