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昨年と同じ(というか毎年だなあ)

Photo_29  春になると無性に聴きたくなる。なぜか棚からこの作曲家のCDを手にとってかけてしまう。

 今日もまったく無意識に朝からドビュッシーを三枚続けて聴いていました。ふと昨年このブログでそんなことを書いたことがあったな、と思い出しさきほど探してみたら3月18日に「春の到来」という題目で書いておりました。今日は3月14日、我ながらまるで冬眠から覚める動物のような感覚に驚き笑ってしまいました。春を感じると毎年無性にドビュッシーが聴きたくなるのはなぜなのか。まあ、春しか聴かないというわけじゃないですけどね。

それで今日は一枚目がミケランジェリ演奏の前奏曲二、二枚目がやはりミケランジェリの映像一、ニと子供の領分、そして三枚目がポリーニ演奏の前奏曲一と聴いていたのですがこの三枚目のマウリッツオポリーニ、巨匠と呼ぶにふさわしいピアニストになったものです。なんて書くと偉そうですが、この前奏曲一のポリーニはテクニックだけではなくその楽曲に対する造形の深さ、繊細なニュアンスの表現力はこれ以上の完成度はあるのかと思わせ比類無き高みに位置する演奏だと思います。

 ポリーニは若い時からピアニストとしては大スターですしその強靭である意味人間離れしたテクニックで有名ではありましたが、年をとってそこに深く艶のある表現力が加味され鬼に金棒といった感じ。僕は学生の時に一人でNHKホールに行き若きポリーニのリサイタルを聞いたことがありましたが、学生席の最後尾の列に近いところでも彼の弾くベートーヴェンの「ワルトシュタイン」の凄まじいばかりの音は今でも耳に焼き付いております。それはまるで矢が突き刺さるようにステージから最後尾ちかくまで音が響き、圧倒的なテクニックにただただ驚愕したのでした。しかしながら、僕は強烈なテクニックをもったピアニストという印象だけで音楽にたいする深み暖かさ、ミューズの歌声みたいなものを感じるには至らなかった、というのも事実。その彼の1999年録音のこのドビュッシー前奏曲一はあの時感じなかったミューズの歌声を確かに聴き取ることができます。

 暖かい春の日差しにドビュッシー、これはどうやら僕の啓蟄(けいちつ)らしいね。

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