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初マラソン体験記(東京マラソン2008)

Rimg0004a  42.195、当たり前ですがすごーく長い。ここまで後半が過酷でしんどくて自分がぎりぎりところで走ることになるとは想像できませんでした。まあ、それがこの距離だと実感したしだい。

 前日早めに寝たのですがなかなか寝付くことができず、うとうとして起きての繰り返し。結局睡眠不足のまま朝、家を出ました。

 8時に最近お店にきてくれるようになったS君と合流。彼は転勤で最近東京にきたばかり。31歳でフルマラソンは2回目ですが100kマラソン!に2回も出ているという強者。わざわざ僕が並ぶ5時間台をめざす後ろの組にいっしょに並んでくれました。スタートまでの1時間が寒くて寒くて、連れがいてほんと助かりました。

 いよいよ9時10分スタート。僕らは後ろなのでさらに10分近くあとにスタート地点を通過。S君はわざわざ3キロ僕のペースで並走してくれまして、そこからは先にいってもらうことに。5キロ地点まではどんどん後ろから人が抜いていきます。僕は心拍計をみながらとにかくイーブンペースを心がけました。10キロまでは軽快に脚が進み問題なし。途中何人もの芸能人やら有名アナウンサーを見かけます。こんなにいっぺんにこういう人たちに遭うというのも珍しい体験。品川の折り返しまではほんといい感じでありました。

 15キロを過ぎてからなんとなく脚が重く身体がだるくなってきました。練習の時と明らかに違い、疲れがではじめてます。心拍数はこまめにチェックしてそれほど高くない強度に保っているのですが徐々に疲れがたまっていきます。やはり寝不足がたたっているのか、それともこれが本番のレースというものか。20キロ日比谷公園のあたりで相当ぐったりしてきました。まずい、このままだと完走できるのか、不安が募ります。

 22キロ過ぎ、銀座の大通りで僕の名が大声で聞こえまして、反対側の沿道をみるとお店のお客さんたちと連れのお方とちっちゃいのが。かなりへたっていた気持ちがちょっと救われた感じに。それでも、銀座を抜けてから浅草までが長い長い。ここは踏ん張らないとと、歩いている人も多くなってきたのですが必死で脚を前にだします。ペースは落としても絶対にここで歩いてはいけない。そう心に誓って25キロ過ぎようやく蔵前に。疲労困憊とはまさにこのこと。自分が思っていたのより相当この時点でバテバテで、挫けそうになるほど辛い。浅草の並木藪(蕎麦や)の前を過ぎやっと雷門到着。くそっ、ここでリタイヤして熱燗といっしょに蕎麦をつぅーとやりてー。なんて思いながら沿道の声援が後押ししてくれて折り返し。これ食べて、と沿道のおばちゃんが黒飴をくれてこれが美味いのなんの。カステラやチョコレートなどそのつど沿道の人たちから頂きました。今回たくさんの人が応援してくれていたのですが、見ず知らずの人たちでもこんなに励まされ嬉しいものとは。これはやってみないとわからかったことです。感謝。

 そんなこんなで30キロまで辛くてもなるべく笑顔で沿道に手を振り、しっかり腕を振りなんとか走りました。30キロを過ぎるとまた銀座にもどってきまして、ここは一番ギャラリーが多いところ。なぜか急に元気になりまして、やはり僕は人が見ているとええかっこしーなんでがんばっちゃうようです。きっとまた連れのお方とちっちゃいのがいるのかな、と思ってがんばりましたが、今回は見つからず。あれ?と思い築地方面へ左折。実は後で聞いたらみんなで飲んでいて遅れてしまいゴールで待つことに変更したとのこと。そしてこのゴールでも・・・あとで問題が。(それは最後に)

 さてさて築地から佃大橋にはいるところで35キロ。前々から知識で知っていましたがもうこのあたりで脚は上がらず、腿はパンパン。気力はなくなり、自分はなんでこんなことをしているのか自問自答。精根尽きる寸前であります。それでも橋の途中まで走りましたがほとんどの人が歩いているのをみて、ついに脚が止まりました。ああ、走り続けることはなんて大変なんでしょう。もう、歩いていることすら嫌になるぐらいであと7キロもあるなんて目の前が真っ暗です。

 ああ、安易にマラソンでるなんて言わなけりゃよかった、ちくしょう、なんて僕はこんなことをしてるんだ。もう、誰に対してでもない恨み言が。これが35キロ過ぎなのかあ、人間、雑巾のように絞られて出すものがほとんどない状態、自分は今そういうことなんだとしみじみ思いました。辛い辛い辛い、もうすべて投げ出したい。でも、ちょっとだけ思ったのはこんなに辛いのだから、それでもなお前へ向かってこの後にゴールを切れたらそれはそれは素晴らしいのではないか。そうしたら何か一つ自分の中で誇れることができるんじゃないか。じゃあ、今はとにかく前に脚を進めるしかない。僕はまた走り出したのであります。

 その後何度か止まり、また走り出し、残り4キロ、1キロが長いの何の、まるで10キロぐらいの長さに感じるのですが、とにかく脚を止めない、走るんだと機械的に右、左、右、左、と頭の中ではそれを繰り返しながら進みます。村上春樹が100kマラソンの最後に自分は走るための機械なんだ、何も考えずただ右左と脚をだす機械なんだと思い込んで走っていた、と書いていましたがまさにその心境。もう、タイムなんてどうでもいい、とにかくゴールまでいくしかない、38キロまでこれた自分、39キロ、40キロ、その地点までとりあえずたどり着いた自分がいるじゃないか、じゃあ42.195だっていけるさ、いくしかないだろ。もう、呪文のように頭の中では右、左、右、左・・・・・。

 ビッグサイトがやっと見えてきて1キロ。ここでまたええかっこしーの虫が。きっとゴールには連れのお方や知人がいるだろう、と思い腕をしっかりと振ってここから生き返ったように脚を前に。何人も抜いてビッグサイトに。最後角を曲がってゴールが見えるとスタンドがあって、ああ、ここにいるのかなと。声援を送る人たちを見ながらゴールに向かいましたが知っている人はだれも見つからず。でもゴールのゲートを潜った瞬間、ちくしょうめ、やったぜ!このやろー、と意味不明の言葉が口からでて感動のフィニッシュ。そこでも、知っている人は誰もいないのでしょうがなく一人で達成感に浸り、やればなんとかなるもんだなあ、としみじみ思いました。今回たくさんの人が応援してくれていたのですが、見ず知らずの人たちでもこんなに励まされ嬉しいものとは。

 さて、連れのお方に電話すると電話中。それでいっしょにいると思われるひとに電話すると「あれ、なんでゴールしてるの!」、連れのお方がでると「なんで、もうゴールしてるのよ!」と散々。つまりこういうことでして、銀座での僕のヘロヘロの走りをみてこれはもう少しゆっくりいっても間に合うと勝手に思っていたらしいですね。ところが一応がんばれるところは書いたようにがんばって走りましたからなんとか6時間6分(実は僕の時計では5時間57分ぐらい、なぜならスタート地点とを過ぎたのは僕は約10分過ぎなのでその分の誤差と思われます)。僕としてはとても満足できるタイムではないですが、今の自分はこういうことなんだと実感。でも、ゴールでは会えませんでしたが、着替えてスタートでいっしょだったS君と落ち合い、その後やっとみんなと合流。ビッグサイト内のオープンカフェでビールとシャンパンで乾杯。ここで、ほっと一息。お腹がすごーくすいていて脚がぱんぱんにはっていて、身体はぐったり。でもなんともいえない充実感がありました。昨日は次を考えられませんでしたが今日はまた練習をちゃんとやって再び走ってみるものいいかも、と思い始めてます。やはりこの充実した時間は素晴らしい体験でして、生きていることの意味、すら感じることができたような42.195であったと思います。

(ナイキ+でも計測しましたがこれはゴールしてからしばらくしてタイムをストップしました。それでも6時間3分。距離はかなり誤差がありまして、1キロあたり約87.5メートル、42.195キロで3.95キロの誤差。これはけっこう大きいですね。これからは少し補正して考えないといけないこともわかりました、それにしても35キロ過ぎてからの落ち込みがグラフにはっきりでていて、これぞ魔の35キロでございます)

 

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コメント

すごいいい!よく頑張った!感動した!おいらも秋にはヘロヘロになりにやってみます。一緒にどう?今日はわが職場もこの話ばっかり。でも聞いてみると東京マラソンは沿道すべてが応援してくれる独特の雰囲気で、参加した同僚は「つらかったけど、すごい楽しかった」とか。来年は申し込むぞ!

おめでとうございま~す
初出場で~完走
すばらしいですね (^^)v

やはり 家族の力はすごいと
再認識されたことでしょう (^_-)-☆

おめでとうございます!
すごいすごい(o^-^)o
おいわいしましょうね!

たぬさん
ぜひ走ってみてください。辛いのもありますが、ものすごい達成感ありますよ!

維真尽さん
そうですね、家族があって走れたのだと思いますです。

ignisさん
ありがとうございます。ぜひいっしょに乾杯してくださいませ。

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