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2010年1月

この時代錯誤な大作はまるでドンキホーテ

Patorc  いったいパットはなにがしたかったのか。パットメセニーを今まで悪く言ったことは一度もなかった僕ですが、さすがに今回の「オーケストリオン」というアルバムはどう評価してよいやら。はっきり言ってこの壮大なお遊びともいえるアルバム、パットご乱心と思ってしまうのは僕だけでありましょうか。

 どういうコンセプトのアルバムか、といいますと、パットのギター以外、ピアノから、マリンバ、ドラム、ベース、ヴィヴラフォン、チューニングされたガラスの瓶にいたるまで、特注で作り上げた自動演奏装置で演奏されているのであります。つまり、機械が演奏してくれるとってもお金がかかった生バンドカラオケみたいな感じ。はっきりいって、このデジタル時代にこんな大仰な装置でやることが、まるでドンキホーテ的。ギター一本もって風車に突入するパットの図を思い浮かべてしまいました。だってこんなことは、今の技術ならもっと簡単にコンピューターとサンプリングで全く同じことできるわけだし、どうせここまでやるなら、人間のアンサンブルの方がはるかにいいのに。

 そりゃ、パットの曲は今回もレベルは高いし、アレンジも緻密で度肝は抜かれる演奏ではあります。だけど、自動演奏させている、ドラムやベースのリズムはあきらかに人間に比べて硬直化してますし、どうしたって単調さはぬぐえないでしょう。何度もいいますが、パットの曲とギターは文句のつけようがないだけに、なぜ、なぜ、こんな愚行といってもいい方法を選択したのか。この演奏は人間では再現できないから、というのなら話は多少わかりますが、はっきりいって、パットメセニーグループでまったくおなじことは可能なはず。むしろ、そのほうが、音楽として命がはいったもっと活き活きとしたものになるのに。これじゃまるで、博物館の標本みたい。

 こんな壮大なしかけはパットじゃなけりゃやろうとも思わないでしょうし、凄いことだとは思いますよ。でもなあ、よりによってパットがなあ。だってパットの良さって、ヒューマンで人間臭く暖かい音楽、血の通った熱のある演奏だと僕は思ってたのよ。これじゃ、「どうだ、俺すごいだろー」というだけで、ぜんぜん血の通った感じがいくら聴いてもしないのです。そりゃそうだわな、パットのギター以外が時代錯誤の自動演奏装置なんですから。とほほ・・・だよ、これは。

 パットだからこそあえて言いたいのですが、なんでこのスタイルを今回とったのか。まあ、考えるに、無邪気な人なんでしょう。子供の好奇心のように、面白そうだー、と思って突き進んだのだろうなあ。そんな、パットという人間はとっても好感をもてるのですが、さすがに、このアルバムは何度聴いても理解できない、といったところが正直な感想であります。

(あくまでも個人的感想なんであしからず)

やっぱり変な店だなあ

 昨晩は寒い夜でありました。お客様はさほど多くはなかったのですが、なかなか濃い話で盛り上がりました。最初は、お客のU君と好きな映画はとか、昨年のワースト映画はとか、邦画は今後どうなるのか、芸人ばかりが監督をやる現状はなど、映画話で盛り上がりました。ジャズバーなんですが・・・・。

 その後、音楽好きのOさんがいらして、今度はクラシックのシンフォニーの話をえんえんと。ブックナーの何番のシンフォニーが好きかとか、マーラーだったら何番とか、ブラームスの四番のカルロスクライバーの演奏は好きか嫌いかとか、とにかく、マニアックなクラシック話で盛り上がりました。とりあえずジャズバーなんですが・・・・。

 そのあと、深夜にいらっしゃるお爺さま(といったら怒られるかしら)Eさんが参入。Eさんがこれまたクラシックからジャズまで幅広い知識をもっている賢人でありまして、三人でマタチッチの指揮が、とかチェコフィルは素晴らしいとか、一番技術が高いオーケストラはベルリンか、クリーブランドか、はたまたシカゴかとか、またまた深ーいクラシックの話で大盛り上がり。ええ、たしかここはジャズバーなはずですが・・・・・。

 すると、今度はOさんと入れ替わりに、時々顔を出してくれるHくんとその友人の二人が店に。そのHくんはプロの歌手なんですが、彼はポップスから演歌、そして1600年ごろの初期バロックの歌曲まで歌うというハイレベルの人。ここからは、Eさんが、古楽にかなり精通していて、HくんとEさんとで、モンテベルディがどうのとか、カメラータがどうのどか、この時代はベルカント発声法ではおかしいとか、えらくマニアーックなお話で盛り上がっておりました。Hくんはピアノで古いイタリア古楽の曲を歌ってくれまして、それは見事でありました。そうそう、ここ、きっと、たぶんジャズバーじゃなかったのかなあ・・・・・。

 最後はCDで流している音楽まで、ジャズではなくベートーヴェンのハンマークラーヴィーアというソナタをかけながら、閉店まで。うーん、これでいいのか、そう、これでいいのだ。

 

ああ、ややこしい

 音楽配信も、いまや、かなり一般的になってきたようでして、iTunesで音楽ファイルをダウンロードするのも当たり前の世の中でありますね。僕も、CDが廃盤になってしまって手に入らないようなものをたまに音楽配信サイトでみつけてダウンロードしたりもしますが、ちょっとややこしい事情があるのです。

 ご存知の方も多いでしょうが、僕はついこの間、えっそうなの?と思ったことがありまして、それはwmaファイルでダウンロードしたものにdrmというコピーガードがついていてCDに焼くことは不可能だったのであります。まあ、焼かないでPC上で楽しめばいいじゃない、と言えば元も子もないのですが、これはCDに焼けないだけではなく、iTunesに落とすためにaccファイルにも変換できず、つまりwmaファイルにdrmがついているものはipodでは聴くことができない、という不便なことになるのです。

 もちろん、このdrmをはずすとなれば、それは法律違反だそうで、だったらなんで音楽配信のファイルを統一してくれないのかなあ。これとは別にソニーはATRAC3というファイルで配信しているし、mp3でも配信がある。そして、問題なのは、こっちが探している廃盤になってしまった音源が、iTunesになくて、ATRAC3にあったり、wmaファイルであったりするということなんですよ。

 それ知らずにwmaにdrmのかかったファイルをおとしたものだから、そういう現状を知ってかなり驚きました。

 問題点は二つなんですが、とにかくファイルに互換性がないために、ユーザー側がとてもめんどくさいことを強いられるということ。もう一点は、配信されているファイルがaccとwma、ATRAC3、mp3とばらばらになっているということ、でありましょう。

 とにかく、コピー防止はやむを得ないと思いますが、ファイルの互換性はねえ、まったくお客のことを無視しているとしか思えません。それに、もしウェッブ上に出すのなら、すべてのファイルで出してもらって、こっちがどの形式で落とすかを決めさせてもらいたいもの。書いていて、馬鹿馬鹿しくなってきますが、あったりまえのことだと思いますがねえ。

 本当にこのあたりを解消しないと、これだけ世の中がネットの利便性を追求しているのに、音楽配信はいつまでたってもダメダメな感じでいくような気がいたします。

(ついでに、音楽配信で望んでいることを書くなら、各レコード会社はすべての音源をネット上にだすべきでしょう。廃盤となって眠っているものも、ニーズがあるわけで、全部だしてダウンロードで金取ればいいいのに。さっさとやればいいのになー)

俯瞰する視点

 最近、音楽を聴いていてあることに気がつきました。実は言葉にして説明するために、論理的に考えをまとめようとしたのになかなか漠然としていて掴みづらいことだったのですが、やっとはっきり理解できたということがあります。どういうことか、といいますと、長いこと音楽を聴いてきて特にクラシック、ジャズについて、聴きかたの変化とでもいいましょうか、音楽をもう一度楽しむための方法、そんなことに繋がる話であります。

 マーラーの交響曲の聴きかたが、年をとって変わったということを先日、このブログで書きましたが、そこからつらつら考えていて、ジャズでも同じことをはっと気づいた、のでして、それは全体を把握する耳、ということなんです。全体を把握、それは曲というものを大きな枠組みでとらえる、といいますか、構造を瞬時で捉えてる、そこまで大げさに言わなくてもいいのですが、要はその全体のバランスを読み取るということであります。

 音楽をマニアックに聴くということは、つまり細部、細部に神経を張り巡らして聴いていく、枝葉の部分まで耳を研ぎ澄まして情報を拾い集めていく、ジャズでもクラシックでも、長年聴いてくるとそういうことをしている人は多いはずです。僕もそういうところまで聴いてこそ、本質に近づくのだ、と信じて疑ってこなかったようです。ところが、ここに大きな落とし穴がある、ということがわかっていませんでした。

 その落とし穴とは、木を見て森を見ず、ということでして、あまりに細部に神経がいくことで、音楽の大きな流れをすっかり見落としていたように思うのです。アバドという指揮者のマーラーが以前はつまらないと思ったのに、今は楽しめるようになった、それは、マーラーの交響曲の構造を少しはなれたところから俯瞰しつつ、全体像がどう作られているかを(つまり指揮者がどう料理したのかを)自然に受け止めることができるようになったということだと、論理的にも理解できたのです。

 そのことはジャズでも、そうなんだとあらためて気づきまして、たとえばある演奏家のライブを聴いたとして、即興ばかりに耳がいってしまい、どう展開するのか、とかこのフレーズは斬新だということばかり気にしていて、ドラムとベースが作っていく大きな流れや、うねりみたいのことを、もっといえば、やはりジャズの曲がもつテーマからアドリブ、エンディングまでのおおきな枠を見失っていたといいましょうか。

 これね、音楽を楽しむ、ということって、もちろんいろいろな楽しみがあるのですが、やはりその大きな枠組み、曲の基本的な構造というものをまず捉えないと自然な楽しみ方というのはできないのです。つまり、ジャズ、クラシックはそれだけ複雑な音楽だともいえるのですが(ストレートに構造だけで勝負する音楽というのではないからね)、だからといって、細部ばかりに目を(いや耳か)をとられていると、それこそ本質を見失うという本末転倒なことになると思います。

 それにね、ここ数年、ジャズもクラシックもどうも心から楽しめていない自分というのを感じていたのも事実。それが、この落とし穴、にはまっていたから、というのもすべてではないですが、一つの理由だったと思います。

 では、今、どんな聴きかたになったか、といいますと、先ずは曲のもつ元々の構造ね、つまりメロディーだったりリズムだったり、自然に耳にはいってくるものをバランスよくリラックスして聴こうと心がけています。そして、その全体像を捉えつつ、その中で細部を抽出していく、というのがどうもいいようです。そして、全体にそのバランスがとれているからこそ、そういう音楽というのは心地よかったり、なにかが伝わってくると思いますし(それはフリージャズや現代音楽でさえね)、言い換えれば、筆のタッチや塗り重ねた色ばかり見ていては、モネの睡蓮はまったくわからない、ということと一緒なんだ、ということだと思います。

 結論としては、やはり俯瞰した視点がないと、本質を見誤るということでして、うーむ、僕はそれがいつのまにか、すっぽり抜けていたのかもなあ。でも、今それが解るとまた、音楽がちょっと楽しくなってきた、のであります。

今日の晩御飯

今日の晩御飯
ハタハタとしょっつるを使ったパエリア。秋田とスペインのコラボ、うんまかったー。

新メニュー第二弾

新メニュー第二弾
オリジナルパスタを久々に考案。題して[青紫蘇のジェノベーゼ風、梅風味スパゲティー]。バッチリいい味わいに仕上がりました。爽やかで軽やかなザジオリジナル和風パスタの誕生です。

昔にもどったみたい・・・

  今週一週間だけ、日中、知り合いの事務所で電話番のアルバイトをしております。ひさしぶりにオフィスワークなんぞ、やっておりまして、ちょっと懐かしい。なにしろ、飲食に手を染めて、はや8年近く。その前は一応、ちゃんと会社勤め(ちょっと怪しいころもありましたが)していたのでして、オフィスで伝票整理したり、ワープロ打ったり、電話で用件聞いたり、ほんと久しぶり。もちろん、夕方からはお店を開ける準備をして、通常の僕の仕事に戻るわけですが、以前はオフィスでサラリーマンをしてた自分がいたんだなー、と懐かしく思い出したりしております。逆に新鮮な感じすらするわけで、思えばそういう普通の仕事を離れて、ずいぶん時間が経ったものであります。

このタッチ、音にはミューズがいる

Tsujii  ジャズバーの店主のブログなのに、今回もクラシックネタ。というか、僕はもともとクラシックオタク少年だったのでして、今でも、というか、最近ジャズの方が食傷気味で、また40後半からクラシックを聞きなおそうか、と思っている今日この頃であります。

  さて、昨日の朝、ちっちゃいのと教育テレビで子供番組を見ていて、それが終わったあとに、たまたま辻井伸行さんのヴァンクライバーン国際ピアノコンクールでの20日間のドキュメントが始まりました。僕も一応、辻井さんがコンクールで優勝したこと、そして全盲のピアニストだということ、まだ若干21歳の学生だということ、そのぐらいの知識は持っていましたが、実際どういう演奏家なのかは、あまりよく解ってはいませんでした。

  なにげなく、見ていたのですが、一気に彼のピアノに引き込まれ、正直、見終わったあとこの人は本物だ、というのがはっきりわかりました。なにしろ、テレビのスピーカーというひどい音響でも、彼のピアノのタッチのすばらしさが伝わってきました。フォルティッシモでも実にのびやかで美しい音が響き、そして一つ一つの音に深い味わいがあります。そして、誠実そのものの人柄が形作られる音楽から滲み出ていて、暖かくしみじみとした情感がストイックな音楽と見事に合わさり、それは素敵な表現となっています。もう、全盲であるとか、まったく関係なく、一人の天才の誕生なんだ、とほんと思いました。

  そのドキュメントでは他のコンクール参加者もいっしょに映していて、ファイナリストになった各国のピアニストも皆凄い腕前の若手ピアニストばかり。ただ、辻井さん以外はやはりコンテストに対する執着、欲望みたいなものが垣間見えるのですが、辻井さんだけはただ音楽を演奏できる喜び、それが純粋に伝わってきて、 そういうコンテストでどうアピールするとか、審査員にどう思われているか、とか舞台の上では皆無のように見えました。そして、音、音楽、ピアノ、すべて心の目で対話しながら、音楽を壊すことなく、見事なバランスで美しい世界を作り上げていました。そう、やはりこの人の音楽をあらわすなら「誠実」これに尽きるのでは無いでしょうか。

  ひさしぶりに、ピアノを聴いて唸りました。この人の音を生で聞いてみたい、実際のコンサートに本当に行ってみたくなりました。クラシックでこんな気持ちになったのは、何十年ぶりのことです。やはり、いるんですね、ミューズが降りてくる人が。

ビルの谷間に

ビルの谷間に
高層ビルとベンギン。こう見るとちょっと不思議。ちっちゃいのとサンシャイン国際水族館に行ってきました。

新メニュー第一弾

新メニュー第一弾
明太子うどん。これはいける!ぜひお試しを。

本日より 

100104_120241  1月4日、月曜日。本日から2010年の営業はじめます。今年も皆様よろしくお願いします。

お待ちしておりますです。

神頼みではないけど

神頼みではないけど
今年は実家近くの神社で初詣。お店用に熊手購入。THIS IS 日本の正月、ですねー。

明けまして

明けまして
おめでとうございます。1月2日、葉山の海は富士山がくっきり見えて、素晴らしい風景。良い年になりますように。

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