« これは欲しいジャズ新譜 | トップページ | あまおう100% »

緻密、ゴージャス、虚無

Saito  どうも僕は小澤征爾という指揮者があまり好きではありませんで、過去に聞いた演奏がなんとも真面目は真面目なんだけど、仕事きっちりやってます的なスタイリッシュなだけという感じがして、つまらないと感じていたのです。ですので、サイトウキネン・オーケストラという日本のトップクラスの演奏者で作られているオケが凄い、とは聞いていましたが、今まで聴いたことがありませんでした。(まあ、この20数年、クラシックからほとんど遠ざかっていたせいもありますが)

 一度、ここらで小澤とサイトウキネンを聴いてみないとなあ、と思っていましたら、中古屋で激安のショスタコーヴィチの第五番を発見。早速聴いてみました。

 なるほど、これは今までの日本のオケの音じゃないですね。厚みのあるストリングス、朗々と鳴る金管群、なめらかで表情豊かな木管と、どこをとってもこれはスーパーなサウンド。ほう、日本人のオケがここまでの音がだせるとは、驚きでありました。

 小澤のショスタコの解釈は、ちょっと僕の好みではないですが、それでも緻密な音作りはさすが。明快で繊細な気配りのある演奏です。これは丁寧に音楽を作っているなというのが実によくわかります。ショスタコの5番はロシアの泥臭さと、ソビエトの緊張感といいますか、お国柄の大変出る曲なんですが、この小澤、サイトウキネンは良くも悪くもまったく泥臭さや思想的の匂いがない、まるで現代音楽のようなアプローチです。一回目聴いた時、なんだこれは、と思い、これはショスタコの5番じゃないな、と思ったのですが、二回目聴き直してみて、これはこれでありかも、と思いなおしました。

 というのも、小澤とサイトウキネンという、クラシックの土壌である西洋の文化が出自でない人たちの演奏が極める地点、というのはこういうところなんだろう、と思ったからです。ましてや、サイトウキネンという斉藤秀雄門下生の集まり、技術力で西洋文化の頂点に肩を並べるには、こういう演奏になるしかない。つまり、西洋的文化というバックボーンがないハンデキャップを見事に克服して、聴かせるスタイルを作っているとも言えると思います。

 ましてや、ショスタコーヴィチは半分現代に足をつっこんでいる作曲家ですから、現代音楽的虚無感というのがでても全然問題はないでしょう。そう、確かに終楽章のフィナーレに入る前の静けさを木管パートが奏でるところの虚無感は、最初はなんだなんだと思ったのです。あまりに、無表情で、でも音はなめらかに綺麗で、テンポはゆったりとながれ正確に刻まれ、それは不気味なぐらいの虚無感。ラストも他の演奏ではみられない遅さで、まったく思想の無い、純粋に音がゴージャスに分厚く鳴り響き終わる、これは小澤とサイトウキネンという組み合わせじゃないとむしろできない演奏だろう、とすら思えました。

 なるほど、小澤の演奏をどうして今まで好きになれなかったのか、そしてサイトウキネンとはこういうオケだったのか、いろいろこのショスタコの5番から僕なりにわかることがありました。じゃあ、この組み合わせのショスタコを僕は好きなのかと言われると・・・・。うーん、ありだとは思うのですがねえ、この気持ちのよい響きは。でもやはり、ショスタコってこういうゴージャスな響だったり、意味のもたない美しいパートバランスだけで作られる、というのは、やはり僕の好みじゃないようです。最後には十分別の意味で楽しめたCDではありましたが。

« これは欲しいジャズ新譜 | トップページ | あまおう100% »

ジャズその他音楽」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« これは欲しいジャズ新譜 | トップページ | あまおう100% »

twitter

  • twitter

最近のトラックバック

2015年4月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
無料ブログはココログ