« 2010年7月 | トップページ | 2010年9月 »

2010年8月

秋のイベント第二弾!

080907_163958  さあ、ザジでは秋、いろいろなイベントを用意してます。第一弾はガージェリーナイト(9月25日の土曜日)を行ないますが、イベント第二弾もついに決定!!

 今回は、かねてから常連のお客様から要望のあった屋形船を、皆で乗船しようという企画!

 決定した日時は10月9日土曜日(普通の人は三連休の初日です)の3時半出船、この船を貸しきりにいたしました。

 そして、この屋形船は通常の屋形船とはちがい、もんじゃ焼きを楽しみながらの食べ放題飲み放題のプランでして気軽にわいわいやろうと思っております。場所は勝どき駅からすぐのところで、そこからレインボーブリッジの下を通ってからユーターンして戻ってくる2時間のコースです。

 もちろん、食べ放題、飲み放題ですが、持ち込みも自由なので、好きな食べ物、飲み物を持ってきていただいてオッケー。さらに、音楽も自由にかけていいということなので、デジタルオーディオプレーヤー持参でいこうと思います(ジャズを聴きながら屋形船というのもいいかも!でも、松田聖子のほうが盛り上がるかしら!?)

 乗船定員は30名プランですが、34名までオッケーなのでどんどん参加してくださいませ。

 一応、定員にみたない分のロスも含め、お一人8000円の参加費でお願いいたします。

 初秋の東京を、屋形船で優雅に楽しみませんか。ぜひ、ご参加くださいませ。

 10月9日土曜日、3時15分集合、3時半出船です。ぜひ、スケジュールチェックしてね!

 お問い合わせは、ザジ伊藤まで。

ガージェリーナイト開催決定

Gargery23_1  ついに決定しました。ガージェリーナイトをザジにておこないます。日時は9月25日(土曜日)夜7時過ぎからです。

 さて、大変好評いただいているガージェリー23ビールでありますが、この素晴らしい味わいのビールを作っているのがビアスタイル21という会社であります。この日は社長の佐々木氏をお迎えして、ガージェリーを飲みながら、ビールの歴史や、ビールの製造過程、そしてビールにまつわる様々な誤解や、現状などのお話を聞こうという趣旨ですが、まあ堅いお話だけではなく、たぶん・・・・たぶんですが、鉄オタである社長の鉄道話も聞けるはず。

 そして、今回は店でもはや定番のガージェリー23ウィートとブラック以外に、ガージェリーエステラというエールの10リットル樽をいれてお出しします。そして、この三種のビールにばっちり合うスペシャルなつまみもご用意。ガージェリーのヴァイツェン、スタウト、エールにぴったりのマリアージュを考えてみようと思っております。 まあ、飲み放題・・・というわけにはいかないですが、十分満足できるビールと料理お出しいたします。

 この日は貸切にして、会費制でおこないたいと思います。会費は6000円(税込み)。定員は12名です。いっぱいになれば締め切りますので、お早めにご予約を。

 ビール好きの人はこれはこないと絶対にもったいない!最高に楽しい夜になること間違いなしなので、ぜひ、いらしてくださいませ!!

2010、8・13~18、秋田での夏休み(2)

Dvc00119a_2 8月16日月曜日(4日目)

 さあ、やっと晴れまして、この日は朝から快晴の秋田の空の下。連れのお方の父上がちっちゃいののために子供用プールをだしてくれまして、ちっちゃいのは待ってましたとばかりに、おおはしゃぎ。水温はぐんぐん上昇して、ちょうどいい具合。木陰の下のリゾートが完成であります。

 ちっちゃいのが楽しそうに水遊びしているのをみると、なんて贅沢なんだろうと思ってしまいます。もちろん、都会は都会の贅沢もあるでしょうが、人間として心の底から潤うこんな贅沢、いくらお金出しても買えないです。ちっちゃいのを待っているおじいちゃんとおばあちゃんが秋田にいて、そこには本当の自然があり、空気があり、人の温かさがある。もちろん、ここには冬の厳しさがあり、僕らにはわからない苦労もたくさんあるのでしょうが、それでもね、ここにしかない楽しみ、生きているという喜びがある。べつに天秤かけてどっちがいい、というのではなく、幸せだと感じることは一つじゃないし、都会的ステレオタイプな幸せに酔っていることなんて、ほんと馬鹿馬鹿しいと思わずにはいられないですね。ちっちゃいのには、こういう体験をしながら本当の意味での喜びや幸せをね、知っていってもらいたいです。

 で、ちっちゃいのがお昼寝したので、ここからは大人の喜び、幸せ・・・贅沢な時間を。このプールに足をつっこんでビール片手の昼下がり。木陰のプールサイド?でリゾート気分満喫であります。ほろ酔いかげんでうたた寝、うーんたまらん、時間よとまれ・・・・。

Dvc00112_2   さて、夕方からは実家のある合川から内陸線に乗って阿仁の花火大会へ。この秋田縦貫鉄道というローカル線が僕は好きでして、のどかな風景を見ながら山間を進むこの列車、常に存続問題をかかえているのですが、いつまでも走り続けてほしいですね。

 列車のなかは花火大会に行くおばあちゃんたちのグループなどが楽しそうに話をしていて、ほんとのどか。ここでは消息不明の老人なんてそんないないのでは。みんな、お隣さんを知っている世界なんでしょうね(まあ、それがめんどくさいというのもあるかもしれないですが・・・)約30分ほど乗ると会場のある阿仁合の駅に。

 花火大会の会場は川沿いの場所で、目の前に迫る山をバックに川向こうから打ち上げられます。そして、お祭りのように屋台がたくさんならび、日本の夏らしい風情のある光景。ビールやワンカップ片手に、これまた夏を満喫。ちっちゃいのは浴衣姿で屋台に興味深深。金魚すくいを楽しんでおりました。

Dvc00110_2  とにかく、この近所の人が集まってくる観光的な感じのない花火大会。じつにこれまたのどかでして、大きな花火大会にみられる押し合いへし合いな感じがまるでなし。ゆったりとしていて、ゆるーい空気が実にいい。開会の挨拶をしたじいさんの方言ばりばりの挨拶もいいし、進行役のおねえさんのナレーションも泣ける。「さあ、はりきってどうぞ!」とおねえさんの掛け声で花火があがるのを見聞きするのは、この花火大会にくるたびに僕は密かな楽しみとしております。

 ビールを片手につまむのは、このあたりで食されている馬肉の煮込み。これが普通に屋台で売っていまして、皆当たり前に食べております。正直、馬を食べるというのは、前は抵抗ありましたが、今では問題なし。実に美味であります。結局、馬食ったところで当たらんものは当たらんしね。(って何の話だ?)

 川向こうといっても、わずか10数メートルの場所から打ち上げられる花火は目の前であがるので、迫力満点。約4000発が打ち上げられ見事なものでありました。もう、3,4回はこの花火大会にきているのですが、今年は特によかったなあ。体調もよく、酒も美味かったし、言うことなし。ちっちゃいのも大喜びでしたし。連れのお方の実家で過ごす最後の日は、昼も夜も秋田の夏を満喫したのであります。

8月17日火曜日(5日目)

 連れのお方の父上に車で二ツ井まで送ってもらい、この日は実家をあとにして秋田へ。今回は最後に秋田市内に一泊してから東京へ帰ることになっております。というのも、僕の店の常連さんだったOさん家族がこの春から秋田に転勤になってまして、今回はぜひ、この機会に秋田で会いましょうということになっていたのです。

 お昼過ぎに秋田について、先ず奥様と合い昼食を。近所のイタリアンに連れて行っていただき、そこで白ワインとともにパスタを。さすがに、食べること、飲むこと好きなO夫婦、もうすでに秋田のいい店を熟知しているようでして、秋田転勤を十分楽しんでいるようでした。

 夜は家族全員で、居酒屋に。そこでは秋田の日本酒についていろいろお勧めをいただきまして、これがまたどれも美味!わずか数ヶ月でここまでというぐらいに旦那の方も秋田を知っていて、そして秋田好きになっているのをみて、こちらも嬉しくなりました。そんなこともあって酒がすすむ、すすむ・・・・。

 居酒屋をでたあと、男同士でちょっといきましょう、ということになり連れのお方とちっちゃいのを先に帰し、O氏に案内されるままに二人でまた日本酒の店に。ここが、また地元でしか飲めない日本酒がいっぱいあって、楽しいのなんの。ここで、連れのお方との結婚の報告に初めて秋田に入ったときに飲んだ、思い出の酒を発見。ひさぶりに飲むその酒はなかなか濃い味でこれも美味い・・・(そろそろやばいなあと心の中で思いつつぐびぐび)。

 連れのお方と秋田市内でのんだくれたのは、今からもう5年前のこと。実家へ行った帰りに、秋田に一泊して居酒屋でしこたま日本酒を飲み、そのあと飲み屋街を歩いているとき、このショットバーはきっといいに違いないと確信してあるバーに入りました。僕は初めての街で、どこへいってもなんですが、いい店を見つける嗅覚があるようでして、必ずといっていいほど、その街で老舗だったり評判のいいバーを情報なしで見つけてしまうのです。

 このとき入ったバーがLADYという秋田でも老舗中の老舗のバー。そこで、駄目押しのようにマティーニやギムレットを飲んだのですが、O氏にその話をすると、「僕は今、そこの常連なんですよ」とのこと。おおっ、さすが酒飲みのプロはわかってらっしゃる。「じゃあ、最後はそこへお連れしますよ」とのことで、その思い出の店へ。

 店に入ると、確かに酔っ払っていてもあの時の記憶が甦ってきました。このバックバーもカウンターも、そうだ、あの時の店だと。年季の入ったバーテンダーさんにその時の話をすると、とても喜んでくれて、他の若手のバーテンダーにも「おまえたちも聞いておきなさい」と僕の話を聞かせます。ちょっと恥ずかしかったですが、嬉しいなあ。こういう再会は酒飲みとしてはたまらないですね。O氏に感謝であります。そして、いい気分でマティーニ、ギムレットぐびぐび・・・・おいおい大丈夫か(天使の声)・・・いいのいいの気持ちいいんだからオッケー(悪魔の声)。

 いい具合にできあがって、O氏と別れてタクシーに乗りホテルへ。沢山飲んだ割には、今回はちゃんと記憶もあり、自分的にはしっかりとした感じで帰ってきた模様。これなら大丈夫だ、と思いつついつのまにやらベッドで寝てしまい、さてさて、翌日はいよいよ東京へ買える日であります。

8月18日水曜日(最終日)

 朝起きたとき、ああああー完璧な二日酔いだあーと強烈な自覚が。もう、胃がむかつくどころじゃない感じ。それでも10時にはチェックアウト。駅ビルで連れのお方がお土産を買う間、たぶん真っ青な顔で付き合っていた僕であります。昼飯に弁当を買って帰りの新幹線に乗るも、とても食べられる状態ではなく、その上、ちっちゃいのが僕の腹の上で動き回るものだから、「お父さん気持ち悪いからやめてー」と悲痛な声をあげますが無視されてぐったり。結局、4時間あまり気持ち悪い状態でもがき苦しみながらやっと東京着。うぅ、最後にはしゃぎすぎたつけを存分に払い、連れのお方の冷ややかな視線を感じつつ帰路についたのでありました。

おわり。

音の積読状態

 本が好きな人がよく買うだけ買って満足し、それをまったく読まないで同じことを繰り返しながら積んでいき、読まないで埋もれていく本がいっぱいできてしまう、という話は、以前からよく聞く話であります。音楽でも、そういうことはあるでしょうが、僕の場合、CDで買ってくるものでは今までそういうためしはあったことがありません。やはり、とりあえず一度は聴いてみる、そして何ども聴くものもあれば、また思い出したように数年後に聴くものもある。自慢じゃないですが所有のCDはもう軽く1千500枚は超えており、持っているものはちゃんと記憶しているので、これ持っていたかどうか自信がなくまた同じものを買う、ということは僕にとってはほとんどない、と断言できます。 

 ところがここ数年、人から貸してもらったCDをPCに落としi-tuneに入れるようになり、CD以外に音源がたくさんたまってきているのですが、こちらは何を入れてあるのかが、ほんとよく解っておりません。この間も、お客様が持ってきたCDを店でかけて「へえ、これいいねえ」なんて言っていたら、なんと自分のPCにはちゃんとはいっていたという有様。

 これを、CDに焼いて店に持っていっていれば忘れることもないのですが、どうもi-tune管理だと、利便性の高さ故かPCに入れただけで満足して、そのまま忘却のかなたへ、ということになるらしいです。これは明らかに音楽の積読状態であります。 それなのに、中古CD屋へちょくちょく顔出しては物色しているわけで、これは自分のi-tuneの中を精査したほうがかなりのお宝が眠っているだろう、ということをようやく理解したしだい。

 だから、若い人たちが家にCDを持たずにすべてi-tuneに落としている、という話なんですが、みんな自分の所有の音源を憶えているのだろうか、と僕は思うのです。まあ、僕のようにむちゃくちゃな数を持っている人は少ないでしょうから、そんな心配は必要ないのでしょうが、やはり形になっているものと、そうではないものでは、記憶に残り方が違うようですね。

 形、それは音楽としては、ケースやCDの円盤の丸い形もそうですが、やはりCDジャケットというものも僕の記憶には音といっしょに残っている。そういえば、やはり人からCDを焼いてもらったもので、ジャケなしの裸のものは確かに記憶があやふやなものが多かったりもするのですね。それは別に印象的なジャケじゃなくても、一つの形として認識されるシンボルになる、ということなんであります。

 シンボル、これがまったく見つからない世界、それが僕にはi-tune上の音源なんだ、と思うわけで、記憶するには確かに難しい世界なのかもしれません。もちろん題名というのもシンボリックなものなんですが、やはり視覚的要素プラス実在するモノ、という強さには、かなうわけがないのです。その認識される強さがないと、本来、その音、音楽が持っている魅力、価値が薄まって捉えられてしまうのでは、という恐れを考えてしまうのは、もう古い世代だからなのでしょうか。

 当然、音楽というのは、ビジュアル的な側面抜きで十分に存在しているものですし、楽譜すらない時代は裸同然の状態で、形としての認識なんて皆無であります。その本質は解るのですが、現代の情報としてやりとりされる音楽、という状況下ではもはや、よほど注意深く音源を聴いて、それを自分なりの管理の仕方で記憶に留める方法を作っていかないと、ほんとあっという間に忘却のかなたへ行ってしまう、と恐れを抱きつつ、これからの音楽のあり方を考えてしまうのです。別に留めなくても、今いいと思うものを聴けばいい、という人が大半でしょうし、僕のように偏執狂的な人じゃなければ、どうでもいいことかもしれません。ただ、僕にはその時、その時だけで流れていってしまうものだけ追いかけている、というのはちょっと空しい、寂しいわけで、たしかに人間は忘れていく生き物故に、それをなんとかして自分の中に記憶していきたいと願う気持ちがあるわけです。

 とりあえず、一度i-tuneの棚卸といいますか、整理をし掘り起こしてCDに再度焼いていこうか、と思っております。そうそう、中古あさりしてる場合じゃなかったと反省、している今日この頃であります。

2010、8・13~18、秋田での夏休み(1)

 今年は意識的にツイッターを使い、定点観測的に秋田旅行中を書いておりましたが、ツイッターの性質上、どんどん書いたものが過去へ流れていってしまい、記録としてはまったく意味をなさないので、一応まとめとしてブログに書いておきましょう。

8月13日金曜日(初日)

Dvc00135a  この日、朝8時59分初の秋田新幹線こまちに乗車。快晴の東京を出発。秋田には1時に到着。ランチを駅ビルでとった後に、2時過ぎ初のリゾートしらかみに乗車。秋田から東能代まで。

 このリゾートしらかみ、という電車、2005年の夏、僕がはじめて連れのお方の実家へ行く際、青森から東能代までのったことがあるのですが、リゾートしらかみの一番の売りは、五能線を通ること。つまり、秋田から行くと東能代から先が、素晴らしい日本海の景色を眺めることができるのですが、今回は連れのお方の実家へ行くのが目的なので、五能線に入る前に下車。ただ、それでも秋田の田園風景は美しく、ちっちゃいのは、写真のように景色に見入っておりました。

 そして、東能代に連れのお方の父上が車でお迎え、そこから実家のある合川へ。買い物をして実家到着は17時過ぎでありました。

Dvc00134a  この日は、連れのお方の弟くんと、兄さん夫婦とあと数日で一歳になる息子さんもいて、にぎやかな晩になりました。庭でバーベーキューをしていただき、冷えたビールに秋田駅で買っていった岩がきを食し、初日より夏休み満喫。これぞ、日本の夏でありました。

 僕としては6回目の夏の秋田で、通算で8回目。もう、すっかり第二の故郷であります。ちっちゃいのも、生まれてから6回目。彼女にとっても幸せなことであります。

 僕は最近つくづく思うのですが、いろいろな土地や文化になんらかのつながりを持っているということは、今の時代、とても重要で、それを多くもっているほど幸せなことだなあと実感してます。ちっちゃいのは、もう僕の実家の葉山と、連れのお方の実家、秋田としっかりつながっている。家族であるという、意味、それを秋田へ帰るたびに、新たな土地や世界と繋がることができた喜びとともに、考えるのであります。

8月14日土曜日(2日目)

 この日は、朝から雨。それもたまに強く降ることもあり、ちっちゃいのは外では遊べず。連れのお方の兄さん家族と弟くんたちとまったりと過ごしました。夕方、弟くんが東京へ一足先に帰るので、それをお見送りに。

 連れのお方の実家から、能代大館空港までは、車でわずか15分ぐらいのところにありまして、羽田とこの空港を全日空が飛んでおります。ですので、本来なら飛行機が圧倒的に楽なんですが、なにしろ、お盆の時期は割引がまったくきかず、しかも格安チケットなどあるわけもなく、電車を使っていく倍以上の料金がかかってしまいます。ですので、僕らは新幹線を使って秋田に入っているのですが、そこは独身貴族の弟くん、飛行機を使用。まあ、僕の場合はあまり飛行機が好きではなく、電車のほうがだんぜん楽しい、という理由もあるのですが。まあ、オフシーズンであれば、早割りで飛行機でいくのが正解。とにかく、この空港ができて北秋田の人たちにとっては便利になったのは間違いないでしょう。(利用者数がねえ、問題と言えば問題でしょうが)

 こんな感じで、2日目、雨の北秋田、僕らはゆったりと過ごしておりました。

8月15日日曜日(3日目)

Dvc00128a_2   やはり、朝から雨、でしたが、ちょっと止んだり降ったりでしたので、連れのお方のお父さんが、十和田方面へ車で僕らを連れて行ってくれることに。大館方面から鹿角を抜けて十和田湖を見下ろせる休憩所まで。

 やはり山の天気は変わりやすく、途中からかなり強い雨に。これでは、十和田の湖畔まで行ってもしょうがないとのことで、ここでひき返すことに決定。晴れていれば青空の下絶景のポイントなんだそうですが、この幻想的な十和田もなかなか見ることができない光景かも。

 ここから山道を下って小坂に。この小坂までの山道が、バケツをひっくり返したような土砂降りでして、運転してくれたお父さんは、ほんとお疲れ様でした。いやあ、前の車がやっと見えるというような状況でのワインディングは辛いはず。それでも、小坂につく頃には雨も小降りになり、ここで昼食をとることに。

Dvc00123a  僕は今回、初めて小坂町を訪れ、しかもここが明治時代に大変に栄えた鉱山の町だということを同じく初めて知りました。とにかく明治30年には日本一の生産額を誇ったというので、この写真の立派でモダンな鉱山事務所があったり、病院や、鉄道、芝居小屋と、ちょっと信じられないぐらいの繁栄があった場所であります。

 小坂って、鹿角と大館にはさまれた小さな秋田の北の端の町なんですが、まさか、これだけのところだったとは。今は、もう鉄道も廃線になってしまい、鉱山も採掘は90年に終了しているのですが、この残された建物を見ても当時の華やかな時代を偲ぶことができます。

 この鉱山事務所は、明治38年に巨費を投じて作られたもので、木造三階建てのルネッサンス風。今は町で保存し、なかは小坂鉱山の歴史を見ることができるようになっていて、これはなかなか興味深く面白かったです。とにかく、この事務所は、建物の外も中もほんとモダン。中には三階までの螺旋階段まであり、優雅な佇まいはタイムトリップしてしまったかのよう。いやあ、まさかこんな素敵な場所がここにあるとはねえ。

Dvc00125a  いたるところに洒落たデザインが。ほんと絵になるのであります。こういう、センスが明治時代にはあったのにね、今の日本、東京はなんて無味乾燥で汚らしい街になっているのかね。この、ハイセンスな感覚、遊び心、心意気・・・。こういう場所にいつまでも身を置いていたい、この空気の中にいたい。うっとりするような空間でありました。

 さて、ここではこの優雅な場所で、貴族のようなドレスを有料で貸してくれて写真撮影ができるのでして、子供用の衣装もあるというので、ちっちゃいのに着せて写真撮影。これが、ちっちゃいのも大喜びで、急になぜかおしとやかにポーズを。これにはおじいちゃん、おばあちゃんが大喜び。しかも、この建物の中、バックに写真撮ると絵になるのであります。30分で二つの衣装を着せての写真撮影会は、思いのほか楽しく、雨の小坂、いやあ楽しかったです。小坂の歴史については、なにか本を探して勉強してみようと思っているぐらい。ここは、またゆっくりと来たい町ですね。いや絶対、再訪しようと思ってます。

 一日中、雨でのドライブでありましたが、僕としては大満足。小坂を後にまた、雨の中をお父さんの運転で帰路につきまして、ほんといい一日でありました。

 4日目に続く・・・・。

 

 

 

夏休み終了、本日より営業いたします

 先週より、お休みをいただいておりましたが、本日19日木曜日より、ザジ営業いたします。

 さて、毎週木曜日はザジ、イベリコの日!今日も大好評イベリコ豚丼、葱塩ラー油仕立て、それにザジ特製イベリコ豚しゃぶのせ、冷やしトマト麺。そして、これももはや定番、ブラックカレーイベリコ豚しゃぶのせ。豪華、イベリコ三兄弟がお待ちしております。

 では、今日からまた皆様とお会いできるのを楽しみにしております。

僕の娘の夏休み

僕の娘の夏休み
やっと晴れたー。ちっちゃいの大喜び。子供の頃、思いだすなー。

僕の夏休み

僕の夏休み
今年も鬼やんまが。ちっちゃいのが目をまるくして見入ってました。

この秋田の酒は美味

この秋田の酒は美味
これ、まんさくの花という日本酒のプレミアムブレンド。驚きなのは10種類の米を使い、精米歩合49.2。これは大吟醸の味わい!

さあ、夏休み

はい、夏休み、いただきます。ザジの夏休みは8月13日(金曜)から8月18日(水曜日)まで。19日から通常営業になります。では、よろしくね。 

シティポップスについて(6)

Sound_2  番外編として、角松敏生の新譜を前回取り上げたのですが、そこで佐藤博のことにちょっとふれましたので、今回は佐藤博について。

 シティポップスでこの人をはずすことはできない、と誰もがおもうところでしょうし、僕もこの人のサウンド、アレンジ、キーボードプレー等、25年以上まえから好きで未だに聴き続けている人であります。

 シティポップスを規定するときに重要な要素にアレンジがある、ということは再三にわたって書いてきましたが、この人も重要なアレンジャーの一人。清水信之、鳥山雄司等、シティポップスに欠かせない人たちの中でも、佐藤博はちょうど70年代後半から80年代に楽器のテクノロジーの進化をいち早く取り入れ、コンピューターミュージックをジャパニーズポップスに自然な形で組み込んだ第一人者でありましょう。

 彼の代表作といえば「AWAKENING」(1982)であるでしょうし、僕もそうだと思っていますが、このコンピューターミュージックをシティポップスとして昇華させたアルバムとしてはこの「SOUND OF SCIENCE」(1986)だと思っています。とにかく、シンセやサンプリングの使い方がほんとかっこよく、センスのよさが光ります。80年代のひとつの特徴は先ほども言いましたが、テクノロジーの進化、つまりいままでバンドサウンドだったものをシンセドラムやシンセベース、サンプリング音の多様、シーケンサーによる自動演奏等であり、とにかく今までの音、サウンドを、ただ新しいものに置き換える、という安直なものも山のように出てきた時代。ですので、今、80年代のサウンドを聴きなおすとその音のチープさが目立ち、とても聴けないものも。

 しかし、佐藤博のサウンドは前述したただ置きなおしただけ、というものではなく、明らかにそのテクノロジーだからこそのオリジナリティを出していたと言えます。その、練りに練られたシンセサウンドは確かに、今この21世紀には新しさはないかもしれません。でも、あの80年代にこれだけの先進性を日本のポップスに自然と溶け込ませて、違和感なく楽曲を仕上げていた人は彼以外にいないはず。そして、シティポップスとしてのスタイリッシュな魅力を存分にいかしたサウンド作りは今聴いても、それはかっこいいのです。

 このアルバムの中でも特に素晴らしいのはビートルズのカヴァーをしている「抱きしめたい」。このアレンジは原曲とはまるで違う雰囲気を作っていて、ファンキーなシンセベースに実に洒落たテンションコードをのせ、今までに聴いたことのない「抱きしめたい」に仕上がっています。僕は大学生のときに学生寮の部屋でこれを聴いていたら、音楽好きの先輩達が何人も入ってきて、この「抱きしめたい」はなんだといって、驚いていたのを思い出します。そのぐらい、ぶっとんだアレンジは、ビートルズカヴァーの中でも傑作中の傑作であると、僕は今も思っています。

 僕はCDを持っていますが、残念ながら廃盤でして、しかもYouTubeにもこの「抱きしめたい」の音源はなく、しかたがないのでこのアルバムのラストの曲「宇宙のエトランゼ」という曲のリンクだけはっておきます。これもいかにも80年代シティポップスではありますが、この曲のアレンジはわりと普通ですので、あしからず。

 21世紀にもなるとね、新しいサウンド、音というものも食傷気味で、また回帰して自然なサウンドを耳も求めているのですが、あの80年代にはこの佐藤博のサウンドにこそ、未来を感じていたのは僕だけではないはずです。

(このジャケットの佐藤博と、前回の角松のジャケットの本人が立っている写真のポーズがちょい似ている(ネクタイ締めて、手をポケットにいれ、足も途中できれてるし、右端にいるし)のが面白い、ね)

本日より新しいトニックウォーターで

Neo1  現在、ザジにて大変好評いただいているジンジャーエールといえば、ネオ、プレミアムジンジャーエール。バーテンダーが理想のジンジャーエールを追求して作ったスペシャルのジンジャーエールで作る、モスコミュール、ジンバックは他では味わえないと、お客様からお褒めの言葉をいただいております。

 さて、そのネオシリーズの新作、トニックウォーターを本日から使用して、新しいジントニックをお出しいたします。やはり、ジンジャーエール同様、プロのバーテンダーが理想のトニックウォーターを追求したと言う、スペシャルトニックウォーター。

 このネオ、プレミアムトニックウォーターの特徴は、沖縄のシクワーサーの果汁を加えて独特の風味がつけてある点。トニックウォーターはもともと柑橘系や香草などで香り付けがしてある炭酸飲料ですが、このシークワーサーを使用して日本独自の苦味やキレをだした特別の仕上がりとなっております。

 昨晩、これを使用したジントニックを作り試飲してみたのですが、今までにない爽やかで香り高いジントニックが出来上がりました。

 8月、夏本番にこのネオ、プレミアムトニックウォーターを使用したスペシャルジントニック、ぜひ、ザジにてお試しくださいませ。

シティポップスについて(番外編)

Tohsiki  80年代を中心としたシティポップスについて思うところを書いてきたのですが、今回はちょっと番外編として、リリースされたばかり(この2010年に!)のこれぞ、シティポップスじゃないか!という驚きのCDを。

 角松敏生の「City Light Dnandy」はまさか、今この時代にまた出てくるとは思わなかったあの80年代満載のアルバム。あの時代の、特にシティポップスを知っている人なら泣けることまちがいなし、こういうのを待っていたんだ!という人も僕の世代では多いのでは。

 とにかく、僕もこのブログで書いてきたシティポップスの魅力、つまりは楽曲のかっこよさ、アレンジの緻密さ、フュージョンサウンドに歌がのっているような爽快感、また歌われている夢のある多少現実離れした世界観、そして徹底的にダンディに、少々キザに、思いっきりスタイリッシュに歌われる大人の音楽、これぞまさにシティポップスであります。この、夢も希望も語られず、現実だけが重くのしかかる時代、このアルバムはこんな時代だからこそあえて出してきたのか、とすら思えるほど、今では幻となってしまったあの頃の夢がつまっている。そうか、今だからこれね、いいじゃないの、と僕は思うのです。

 アルバムの一発目、透明感のあるピアノだけのイントロから、二曲目の出だしで僕はグッときました。というのも、これは僕の好きな佐藤博のサウンドそのものじゃないか!とすぐに気づきまして、そういえば角松が佐藤博をリスペクトしている、というのを知っていたので思わずにやっとしてしまった次第。もちろん、佐藤博のエッセンスを使いつつちゃんと角松の楽曲に仕上げているのはさすが。これだけで、気分は80年代。もう、間奏のピアノソロなんてあの佐藤博のクリスタルのような音そのものなんだから、いやあ、やられたました。

 アレンジは徹底的に練りこまれていて、ドラムのタイトなリズム、ギターのリフ、カッティング、ローズピアノ的な音、すべてがモザイクのようにうまい具合にはめこまれていて、これぞフュージョンサウンド。そう、シティポップスの楽しみは歌とそれに絡み合うアレンジを聴くというのも大事な要素でして、このアルバムではスティーリーダンであったり、達郎であったり、様々な80年代のサウンドが見え隠れして、その遊び心もたまりません。ほんと80年代のサウンドが見事に甦っているのですから。

 実際、僕は80年代から90年代それほど角松好きではなかったわけで、一応だいたいアルバムは聴いていましたがのめり込んだほどではありませんでした。むしろ、今回のこのアルバムが今までで一番グッときているかも。僕の友人も20年前全盛期より胸に響くといっていました。そう、あのころより力がある意味すっと抜けていて、歌も余裕がある感じ。それがゆったりとした流れを作っていて、大人の音楽になっているようです。もちろん、80年代90年代の若さゆえの疾走感もよかったのですが、僕には今回の方がツボでありました。

 最後まで、とにかく聴きどころがたくさんで、あの時代を解る人にはぜひ聴いていただきたい。というか、むしろ、あの幻想でも夢のあった時代の音楽を、今の若者にも聴いてもらいたいですね。こんなの絵空事じゃねえか、と一蹴されるかもしれないけど、その絵空事をあこがれのように持って生きる方が、数倍、何十倍、前向きに楽しく生きれると思うけどな・・・・と40半ばの中年男は思うのであります。

イベリコ三兄弟!(本日、木曜、イベリコの日)

Tomato1  今日は特に暑い日であります。もう、ぐったりしている人も多いのでは。こんな時は美味しいものを食べて英気を養うのがよろしいのでは。

 さあ、今日は木曜、イベリコの日。ザジではイベリコ三兄弟がお待ちしております。さっぱりから、がっつりまで、貴方の今の感じにこの3つのどれかが当てはまるはず。

 先ずは、この暑さで食欲がない貴方。さっぱりと「イベリコ豚しゃぶ、トマト冷やし麺」はいかがでしょう。マイルドな酸味のフルーツダレにトマトとさっぱりとして味わいのあるイベリコのぶたしゃぶが、清涼感とともに気持ちよく喉を通っていくこと間違いなし。これなら、猛暑の日でも美味しく食べることができると思います。

 そして「イベリコ豚しゃぶ丼、葱塩ラー油仕立て」。こちらは暑いこそがっつりコクのあるものを欲している貴方にぴったり。今流行の食べるラー油であえた葱とイベリコ豚しゃぶの甘い味わいが絶妙に絡み、それにザジではおなじみ、黒米をいれて炊いたご飯の香ばしさがさらに、美味さを引き立てます。これを食べれば一気に元気になること間違いなし。

 そして、今、ザジで大絶賛のブラックカレーにイベリコ豚しゃぶをのせた「ブラックカレー、イベリコ豚しゃぶのせ」。夏と言えば、カレー、そしてそのカレーに駄目押しのイベリコ豚しゃぶが・・・・もう、これでもか、という最上級の一皿。こんなカレー、日本全国探してもザジだけ(・・なはず)というスペシャルな味わいをぜひ一度体験してみてください。

 この三兄弟を食べれば、暑い夏も快感になるでありましょう。冷えたビールや、白ワインでさらに快感倍増。そして、耳にも快感な音楽が・・・・・。夏を楽しむ一つの方法、それがザジにはあります。

子を持つ親として

 正直、この話は書きたくない、というかふれたくなかったのですが、今朝、某学者(評論家)のツイッターを読んでいて、まさにそうだと思ったので少しだけ。

 例の、大阪の二児監禁遺棄事件ですが、報道や論調が母親にたいして扇情的な意見が多くなってきている、ということに対し、某学者はこれは明らかに殺人であって、社会問題とは切り離して考えるべきとの主張があり、僕も同じ考えであります。

 確かに母親の育った環境や、離婚してシングルマザーで二人の子を育てるというのは大変なことで、その中で精神的におかしくなっていった、だから同情的になるというのもわからんではないですが、とはいえ、この連日の猛暑の中、ドアにガムテープをはり、それで部屋に監禁し、育児放棄というのは、もはや放棄ではなく殺そうという意志でおこなったと言うべきでありましょう。

 なにかから逃げ出したくなる、そういうことは誰でもある、という甘っちょろい認識、考えでこういう問題を見てはいけないのでして、この母親には同情する余地は僕にはまったくないです。

 子供を育てる、これは正直、ほんと真剣勝負で大変なこと。だから、僕としても全力で我が子をどうやって守っていくか、育てていくかを考えて生きている。自分にとって都合のいいところだけで、その子をかわいがり、面倒な時はその子を邪険にして、育児を放棄、そんなことは親であるなら絶対に許されないのであり、ましてや、その子を自分の実家に置き去りにするとか、施設に預けっぱなし、というわけでもなく、考えただけでもおぞましく、卑劣な方法で二人の子を死に追いやった母親、これを殺人と呼ばずして何と言うのか。

 先ほどの某学者も言っていますが、こういう母親から子供を守る環境を作るという社会としての整備は必要なのは当然で、そういう点とこの親が犯した事は、やはり切り離して考えないとわけが解らなくなってしまうと思います。なぜなら、他の殺人だって、みんななにかしらの問題がバックにあって、親に邪険に扱われて育てられたとか、愛情が薄い人生を送ってきたとか、そういう人が犯した殺人をみんな扇情的に考えるのか、と。そして、同じような状況で子供を育てている人はみんなそんな形で、子供を死に追いやるわけではなく、そこから逃げないでがんばっている人達もたくさんいる、ということ。何度も言いますが、その人たちをもっといい環境にする、という社会問題は、今回の問題とは別の次元で考えないといけない。あの母親をだから同情するということにはならない、ということです。

 連日の暑さは確かに人を狂わすのかも知れません。でも、だからといって絶対に許されないことはある。子を持つ親として、断固、この卑劣な殺人を許すわけにはいかないのです。

秋田の夏の写真(2006)

06d_2 

 この写真は、2006年8月に秋田で撮影したものです。今年も8月13日から18日まで、連れのお方の実家、秋田に行ってきますが、今回は4年前の夏の風景を。ちょっとした一服の清涼剤になりますでしょうか。

06a_3

 秋田内陸線の車内から(1)。

06c

 秋田内陸線の車内から(2)。

06b

 秋田内陸線の車内から(3)。

06g 

 八森の海岸を望む。

06h

 八森から車であがった山の上より。  

« 2010年7月 | トップページ | 2010年9月 »

twitter

  • twitter

最近のトラックバック

2015年4月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
無料ブログはココログ