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2011年3月

義援金

 先週のジャズライブでみなさまからチップとしていただいた金額を義援金として銀行経由日本赤十字に送金させていただきました。ありがとうございます。

受付番号 201103290033691
振込日時 2011/03/29 10:00:58
振込先金融機関名 ジャパンネット銀行
振込先支店名 本店営業部
預金科目 口座番号 普通 0704376
受取人名 ジヤパンネツトギンコウトウホクチホウタイヘイヨウオキジシンサイガイ
振込金額 4,000 円
手数料 0 円(消費税含)

本日貸し切りです

ザジは本日、貸し切りのため通常営業ありません。よろしくお願いいたします。

奇跡のボトル

110324_014645  この首の長いボトルはイタリア、キャンティのキャメルネックというワインのボトルです。ヴィンテージは1989年で封は切っておらず中身入っておりますが、正直ワイン自体はもう終わっていると思われ、僕の店の飾りとして5年ぐらい前から置いております。

 この一メートル以上もある長い首のボトルは今は日本には入ってきておらず、まあまさに1989年ごろバブル真っ只中に味はさておき形状で面白がって輸入されいろいろな場所で見かけました。ちなみに3リットル入っているワインで、味はともかくお値段もけっこう高かったようです。

 これ、実はとあるお客様がある酒屋からただ同然でもらってきて、僕の店に飾っておいていいよ、といって置いていったもの。けっこう図体でかいですから最初は「うーん、どうしたものか」と思っていましたが、置いておけばそれなりに目立ちますし、店のアクセントとしていつのまにか居場所を見つけたごとく置かれておったわけです。

 さて、今このボトル、僕の店では奇跡のボトルと呼ばれております。なぜか?それはあの二週間前の大地震の時、このボトルはどうなったかというとカウンターから落ちたのにもかかわらず、無傷の生還をはたしたのです!

110312_095118 右の写真は3月12日、朝9時半ごろ店内をとったもの。つまり、僕は大地震の11日は店を開けず、翌日の土曜日恐る恐るというか、店は大変なことになっているだろうと覚悟を決めて店の掃除にいったのですが、それは拍子抜けするほどたいしたことがありませんでした。積んであったCDが一部くずれ、そとに出す立てかけてあったイーゼルの看板が倒れており、あとは縦置きのグラスを冷やしている冷蔵庫の中のボトルやグラスが倒れていただけ。棚のボトル、グラスは一つも落ちておらず壊れも一切なし。

 そして、そして、このキャメルネックがこのように一メートル以上あるカウンターから椅子と椅子の間に落ちたにもかかわず、まったく壊れていませんでした。いったい、どうやって落下したというのか。20数年前のボトルですから、ガラスだって脆くなっていてもおかしくないのに。店のお客様にこの写真を見せて状況を話すると皆驚きます。そりゃそうですよ、こんな首が長くて重くてどうみても壊れやすそうなボトルがまったく割れなかったなんて!

 もう今では僕の店の御神体とまで呼ばれおり、これはちょっと簡単には手放せなくなりました。こんな時なんで、きっとこのボトルが店を守ってくれ、これからもその役目をしてくれるのだと思っております。いやあ、それにしても根性のあるボトルです。イタリアのキャンティから20数年前にはるばる遠く日本にやってきて、酒屋で捨てられる寸前に拾われ僕の店にやってきて、そしてカウンターから地震で落ちても生き残った。そう、いろいろこのボトルはなにか伝えているのかも。転んでもめげないで起き上がる。それです、だぶん、今このボトルが僕らに教えてくれることは。

 と、ちょっといい話でしょ。奇跡、ありますよ。

明日24日(木)チャリティジャズライブ

Yukiko   月に一度、ピアノ早川由紀子さんとヴォーカル彗莉さんのデュオライブを行っておりますが、明日24日(木)は東日本大震災のチャリティライブといたします。

 このライブはミュージックチャージなしで、通常のドリンクチャージ(500円)プラスドリンクだけでライブをお楽しみにいただいて、そしてお帰りの際に演奏を気に入っていただけましたら、ミュージシャンに500円以上のチップをお願いしております。今回、そのミュージシャンのチップを義援金として出していただけることになりました。

 時間は8時過ぎより2セットで。営業は普段と変わりませんので、お食事のオーダーも受けます。また、ライブ終了後も通常通り営業いたしますので、よろしくお願いいたします。 

一週間たって今

 さきほど、一週間前に起きた東日本大震災の時刻2時46分に黙祷し犠牲になった方々のご冥福をお祈りいたしました。

 この一週間、いろいろなことを考えました。地震、津波、原子力発電所の火災、すべてが僕の人生の中でなにかしらの楔を打ち込まれたような、永久になにかが刻印されてしまったような感じがしています。そのぐらいに僕にとって衝撃的な出来事の連続でありました。

 もちろん、冷静さを失っているわけではありません。むしろ、頭はそれ以前よりクリアに動いているとすら感じます。ただ、僕という存在は何ゆえにあそこではなく、ここにいて今も生きていられるのか。生きている、ということは生かされているということなのか。では、犠牲になった人たちの分をなんらかの形で引き受けて生きていかねばいけないのではないか。そんなことを毎日考えます。

 そう、はっきりいえませんが僕の中で何かが変わり、今まで見えていた世界があの時を境に変わったのかもしれません。まだ漠然とした雲のなかではありますが、何かが。

 再生、僕自身この言葉にすべてを託して、2011年3月11日2時46分のあとの時間を一歩づつ歩いていこうと、今はそう思っています。

3月11日からのこと

 今回の地震はやはりかなりショックなことでありました。僕はその日、中野税務署に確定申告の書類を提出し、家に帰ってきてほっとして椅子に座っておりました。

 最初、あっ地震だ、と普通に思っていましたが、やがてこれは普通ではない!という揺れに玄関からドアを開けて、外へ。お隣さんのご主人と奥さん、娘さんも外に出てきて、前の駐車場の真ん中におりましたが、激しい揺れにみんな顔面蒼白でありました。その駐車場のすぐちかくに送電線の鉄柱があり、それがグラングラン揺れて今にも倒れそうで、それも怖かった。一旦揺れがおさまりましたが、また激しい揺れ。これはついに東京に大震災がきたと思ったぐらいで、すぐに娘の保育園はどうなのかと心配になり、二度目の揺れが収まったので走って保育園までいきました。

 子ども達は先生といっしょに防災頭巾をかぶって部屋の真ん中でしゃがんでいました。その中に娘の顔を見つけて緊張が一瞬解けほっとし、まだ余震があるかもしれないので先生にお願いしてその場を離れまた走って家に戻り、恐る恐る部屋の中へ。

 玄関においてある水槽の水が、かなりの量が外に出て水浸し。そして、ちょっと高いところにおいてあって植木鉢が転がって土が散乱。飾り棚にあった娘のおもちゃやミニカーなどが落ちて床に散らばっておりました。そしてテレビをつけてみると宮城沖が震源地で大変な地震がおきたらしいということがわかり、しかもその後あの凄まじい津波の映像が。信じられない状況に、落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせ、先ず保育園は大丈夫ということを嫁にメールをして、ツィッターも大丈夫だったので、そこに自分は大丈夫だということをツィート。電話はまったく通じないので、やはり実家と弟にメールを出しました。

 こういう事態の時に、情報というのは本当に心強いもので、今回ツィッターはいろいろ言う人もいますが、僕はかなり助かったと言うのが現実。まわりに同僚とかだれもいない自営業者は、やはり一人なのでこういうとき自分で判断しないといけないのです。誰かがどこかへ誘導してくれるというのでもないですし。そんな時にツィッターで数名と連絡取れたのはありがたかった。そうか、東京はとりあえず大丈夫そうだ、というのが割と早くわかり、それがその後、冷静な対応が取れたと思っています。

 その後、嫁から勤め先も大丈夫だというメールが入り、少ししてから、娘を保育園に引き取りにいき、嫁も無事に早い時間に家に帰ってくることができました。さすがに、この日は金曜日ではありましたが店を開けることはしませんでした。余震も続く中、家族でいることが大事だと僕は選択。さすがに電車もとまり帰りに寄る人もいないだろうと思いましたし、やはり家族一緒にいるということがこういう時こそ大切だと思いました。

 そして、気になったのは店のこと。これはもうある程度覚悟しておりましたが、翌朝、確認にいってみるとグラスも酒瓶もまったく落ちて壊れるということなく、CDが散乱したり黒板が倒れたりというぐらいで、逆に驚くぐらいなんともありませんでした。これなら、土曜日は営業できると思いましたが、こんな状況に開くのはどうなのか、と考えました。でも、自分の仕事はこれなのだし、普通に生きていける人は目の前のことをもくもくとするしかない。そうやって、出来ない人の分もやるのが出来る人の務めであろうと。それに、みんな謹慎してしまうようでは、経済だってさらに悪くなってこれはある意味2次災害になってしまう。

 ただ、電気も足りなくなっているので、看板もつけず、黒板のライトも消し、外の音楽も止め、店の中も必要なライトだけにして営業しました。すると、それでも来てくれた常連のお客さまが何人もいて本当に嬉しかったです。やはりみんなの思いは普通の暮らしを早く取り戻さないといけない、ということ。下を向いているより、上を向いていかないと、そして皆で協力し合い、話し合い、そして一人一人がまず出来ることをしていくということ。それは、いきなりボランティアでなくていい、目の前のことをまず普通にやるということ、これが大事なんだと、土曜日、そういう思いで店に集まってくれたのだと、僕は思いました。それはとても心強くありがたかったことでした。

 ということで、僕は今日も僕の仕事をします。明日も、明後日もいつもどおりに。そして、僕の店が皆様にとってすこしでも癒される場所であったり、元気が出る場所になるように更なる努力をしていこうと思っています。一人じゃなく、皆でがんばっていきましょう。お待ちしております。 

終了

Fran

「パトラッシュ、疲れたろう。僕も疲れたんだ…。なんだかとても眠いんだ…パトラッシュ…確定・・申告・・・・おわ・・った・・・」

ブログ更新が・・・・

 ほんと更新できておらず、いかんですなあ。現在は確定申告の作業中真っ只中でありまして、この確定申告終了後からまたちゃんと書いていこうと思っております。

 さて、現在かなり一生懸命やっておりまして、来週にはなんとか提出できる予定。というか、毎年毎年なんでここまで重い腰をあげないのか。学習能力のなさにほとほとあきれてしまいます。とにかくここを境に心機一転といきたいものであります。

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