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ブルックナーは合体ロボである

 いきなり唐突な題なのですが、ブルックナーという作曲家の作った交響曲をやっと少し理解した僕なりの結論が、このブルックナーは合体ロボである、ということなんであります。

 また、おかしなことを書いているとお思いでしょうが、僕にとってクラシックを聴きだした中学生の頃から、いつかブルックナーをちゃんと理解してやろうというのが、長いこと課題であったのですが、この一年そりゃしつこくブルックナーばかりいろいろな演奏を聴いてまいりました。演奏の好みは人それぞれなのであまり申しませんが、とにかくブルックナーの交響曲は時間が長いし、構成は複雑だし、やたら繰り返しは多いし、実につかみどころがなくやっかいなものであります。

 そんなこんなもあって、まあ避けてきたわけですよ、ブルックナー大先生を。よく対比されるマーラー大先生ですが、こっちはわりと解りやすかったというか、とにかく情念やら思想やらああでもないこうでもないという肥大化した観念の産物のようなものですから、どれだけマーラーの気持ちに寄り添って耽溺できるか、というある意味センチメンタルな感情を理解するのは、思春期の青年でも容易かったとでも言えますか。まあ、マーラー大先生の話ではないのでこのぐらいにして、ブルックナーはそういうわけにはいかないのですね。とても宗教的ですし、観念の産物にしろ、交響曲自体は実にぎちぎちがっちりルールにしばられた、よく建築物にたとえられる構造がはっきりしたものなのです。

 そう、ブルックナーを理解するには構造を理解する、というのはブルックナーファンなら誰でも知っていること(だと思いますが・・・)。ただ、一概に構造といっても音楽は目に見えるわけではありませんから、その全体の構造把握と部分部分のパーツを理解するのがほんとめんどくさいのよ。ベートーヴェンみたい主題があって変化してこうなって最後にうまく解決して、というような流れが掴みづらく、しかも一曲70分以上もある長大さでわけわかんないのです、最初は。

 だから、その構造とやらを頭に叩き込むのにそりゃしつこくしつこく何度も聴かないとさっぱりブルックナーがわからん、となっておりまして、そこまでしてブルックナーって理解しなきゃいけないのか、まあそんな問いもあるでしょうが、偏執狂的な人(僕ですが)はこの手に燃える(萌える?)のよ。

 そう、ブルックナーファンはとにかくみんなしつこくしつこく5番なら5番、8番なら8番を何十回何百回、何千回何万回、何億回・・・・と聴き続けるのでして、そうしないとほんとなに聴いてるのかわかんないのであります。そして、延々聴いているうちに段々とその一つ一つのパーツを憶えていくのよね、そしてそれがどう連結して楽章を構成していて、その楽章がまたどう次の楽章と連結しているのか、がほんと霧の中からうっすらと見えてくるのです。おっ、なんだかブルックナーってこういうことかって、このあたりからやっとちょっと解ってくる・・・・のですが、ここまでに多分僕は一つの交響曲を50回ぐらい聴いてという気が遠くなるお話。そうやって、なんとかブルックナーの一つの交響曲の全体を俯瞰して見ることができてくるのでありますね。

 さてさて、こうなってくると、ここからブルックナーの第五はこの指揮者とこの指揮者だとこんなに演奏が違うということが解るようになってくるのでして、これがまさに合体ロボなんですな。合体ロボっていっても僕はそっちのオタクではないのであまり詳しくないのですが、ようは5,6台の飛行機や車があっちこっちからやってきて変形合体(っていうのかしら)してロボットになる、あれね。あれって、一つ一つは車だったり、飛行機だったりするのが、徐々に変形して最後にカシャーンとひとつのでかいロボに合体するじゃないですか。僕のブルックナーのイメージはまさにあれなんですね。

 ブルックナーの一つの交響曲をある程度聴き込むと、その一つ一つのパーツはだいたい憶えているわけでして、そのパーツがいろいろな指揮者によって様々な形を見せているのが解ってくるのです。そして、その車や飛行機がうまーく変形して合体すると、それは素晴らしいブルックナーの交響曲が現れるという訳なんですね。ということは、そのパーツの車や飛行機がとんでもなくいびつに変形させちゃう指揮者もいるのでして、腕は細いのに胴体はやたらでかく、足はやたら短かったり、合体したあとにとんでもなくでかいのに、中身がすっかすかのロボだったり、なんかカッコよく出来たわりになよっとしたオカマロボだったり。そう、構造とは部分部分がちゃんと全体を意識して作られるものでありまして、あるパーツだけ肥大して、逆にあるパーツは凄く貧弱、というと合体するとまったくかっこ悪いものができあがるのであります。

 そう、だからマーラーのようにやっちゃうと最後にとんでもないお化けロボができちゃうのでして、そんな理由だからでしょうかマーラーを上手に指揮する人はだいたいブルックナーは振らないか、振ってもなんだかなーという演奏が多いですね。逆にブルックナー専門指揮者というのはだいたいマーラーは振らないのでして、それはパーツ、パーツをしっかり作り組み立てる職人は、マーラーのような世界は嫌いなのね、きっと。

 だからこそ、そのブルックナー職人のつくるブルックナー合体ロボはそりゃ素晴らしいわけで、最初はなにができんだろ、と思っているのが、おお、この飛行機がこんなパーツになったぞ、おっ、それがこの車が変形したここにこう取り付くのか、なるほど、おー、やっと全体が見えてきたぞ、すげーなこのマッチョな合体ロボはほんま強そうや、ということになるのです。そう、まるでこれは音楽のディアゴスティーニや、と僕は思わず口走ってしまうほど、男の子は変形合体ロボがお好き、というわけで、ブルックナーは男性ファンが多いのも頷けますな。

 結論、ブルックナーはディアゴスティーニのような合体ロボである。

 神聖なブルックナー大先生の交響曲を、こんな風に書いてしまい、すみません。まあ、愛情の裏返し、ということでご勘弁を・・・・。

 

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コメント

さらに合体で佐村河内守などいかがでしょうか?
佐村河内守の交響曲第一番《HIROSHIMA》が来月、コロムビア100周年記念作品として発売されます。
81分(1枚組)と超大作です。
ただ、佐村河内守の交響曲第一番には一切スケルツォ(諧謔性)がなく徹頭徹尾シリアスです。

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