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2011年7月

ちょっと変な、これぞ迷盤フュージョンミュージック(4)

 今回は番外編で、なつかしのフュージョンアルバムで、変なジャケットを数点ご紹介。とにかく、80年代頃、当然レコードだったわけだがその内容はともかく、ジャケット写真を見るとかなり変なものが存在するわけで、もちろんロックやポップスも多数あるのだが、ここはフュージョンに限って見ていこうと思う。

Masuo 増尾好秋 ザ・ソング・イズ・ユー・アンド・ミー(1980)

 この大きな蝶ネクタイがすごい!そして、この髪型にこの格好でギターを抱いて、指に黄色い小鳥。よくぞ、この組み合わせを考えたものである。

 正直、この格好だとキャバレーの専属バンドのギタリストのように思ってしまうほど、見事なセンス。アルバムの内容は爽やかなフュージョンサウンドなのだが、このジャケ写はそれをまったく感じさせない、いや、むしろ当時はこれが爽やかさを表していたのか、今となってはなんともトホホなジャケットである。

Honda1 本田俊之 スパニッシュ・ティアーズ(1980)

 増尾の髪型と同じようなロンゲスタイルの本田俊之。まるで古田新太に思えるのは私だけであろうか。それにしても、青い街影に顔だけ光が当たっている本田はかなり不気味。そして、それが反射したかのように下に映し出されている、赤い本田が妖怪のように見えるのは人間の心の闇を密かに暗示させる意図があってのものなのか。

 光るあるところに影がある、これは陰陽のように奥が深いジャケットというのか、それともちょっとカッコよくやってみようかとやったら思いのほか不気味な仕上がりになっただけなのか。80年代のスタイルの奥深さがお解りになるだろう。

Jinsaku

JIMSAKU ジンサク (1990)

 これぞ、英国紳士!なのか、この格好は本人達がやってみたかった訳ではあるまい。なんとも、着させられた感がありありと解り、神保、桜井の顔もあまり楽しそうではなく不満げにすら見えてくる。

 あまりにバブルな雰囲気で、見ているこっちが赤面ものなのだが、これがまさにバブルを象徴しているのであり、この時代は彼らだけではなく、こんなチョロイ格好をしていた人々がけっこういたのである。かくいう私もこの神保が着ている太ボーダーのジャケット(ワインレッドと紺色だった)を学生時代愛用していたのを思い出す。当時はオシャレでも、時が変わればトホホになってしまう典型。

Hip  向井滋春  ヒップ・クルーザー(1979)

 このジャケットは別に変じゃないじゃない、と思うであろう。その通りで、この向井のちょっとカッコつけて海をバックにトロンボーンを持っているのは、まあ悪くはない(多少はずかしい感じもあるが)。

 問題はこのアルバムの表ではなく、LPレコードジャケットの裏面にある。これを正直最初に見たときはなんだこれは!と衝撃を受けたのを思い出す(中学生時代)。

 その衝撃の裏ジャケとはこれである。↓

Mukai1  なんと向井が空手着の姿で蹴りをしているではないか!これはいったい何を意味するのか。空手もできるトロンボーン奏者なのか、トロンボーンも吹ける空手家なのか。レコードジャケットで音楽と武道という二つの生き様を見せたこのジャケット、後世に永遠と語り継がれるべきものであろう。

 とくにこの蹴り上げた足首の曲がり具合に、向井がただものではないという証がはっきりと示されている。光差す雲間に突き出たこの足首、まるでインド映画のポスターのように神々しく、これがラテンフュージョントロンボーンの作品であるということを、一瞬忘れさせてしまうほどのインパクトだ。脱帽である。

 と、このようにまだまだ凡人には理解できないすぐれたジャケがあるので、またそのうちご紹介するとしよう。

第四回おわり

本日、ガージェリーエステラ入ります!

Estella  月に一度のお楽しみ!ガージェリーエステラ、本日入荷いたします。エールタイプのコクのある味わいをぜひご賞味くださいませ。

 なお、樽が空になりますとまた来月まで飲めませんので、早いもの勝ちですよー。リュトングラスで贅沢な一杯をぜひ!

ちょっと変な、これぞ迷盤フュージョンミュージック(3)

 2010年に2回ほど書いたのですが、なぜか中断してしまった連載?!を久しぶりに書いてみようかと。これと、シティポップスについての連載もありまして、こちらもまたたまに書いていこうと思っております。というのも、ここ数ヶ月震災の影響もあり、店もなかなか大変でありまして、とはいってもぐだぐだしていてもね、なにも変わらんのでして、やはり自分らしいことをやっていくしかないのですね、こういう時こそ。(毎回、こんなこと書いている気もしますが・・・・)

 もちろん、店のメニューや新しいお酒なんかも探すのも大事ですが、このブログもちゃんと更新しないと。そういう諸々のことがいろいろ繋がってまた次が見えると思いやってみます。

 それで、ずいぶん前回から時間が経ってしまったので第一回と第二回のリンクを貼っておきます。

http://bistorotetsu.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/1-d57f.html

http://bistorotetsu.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/2-ca68.html

 では、はじまりはじまり~。

Kanga  音楽はいつの時代にも流行があり、その時代のスターや王道の影に、地味に咲く日陰の花もある。なんて、書くとカッコイイのであるが、まあ、A級ではないB級、C級というのがロックであろうと、ソウルであろうと必ず存在し、そこには後で歴史的検証や時代的背景を探ることで見えてくる異型、奇形の面白さ、悲しさが見え隠れする。白鳥になろうとしても慣れないアヒルの悲しさとでも言おうか、いやイイとこ取りで作ってみたら、なんじゃこれとなってしまった、本人達は大真面目なだけにそのギャップが笑えそこはかとなく哀愁ただよう作品、そういうのが僕はなぜか好きなのである。

 80年代日本のフュージョンの王道と言えば、高中、カシオペア、スクェア、渡辺貞夫、日野輝正、渡辺香津美などなど、ビッグネーム(当時はビッグなのビッグ!)が存在するが、もちろんA級になれなかったB級C級の人たちもいた。A級のひとでも作品は今聴くとB,C級というのはあるが、今回は存在自体がB,C級という人たちである。そして、CD再発すらされない、いまでもレコードでしか聴けないというレアなアルバムをご紹介。(ちなみに友人がレコードからCDに落としたものを僕は持っていて、店で試聴できます)

カンガルー「NICE! NICE!! NICE!!!」

1984年

 題名どおりナイスな作品。このアルバムはこのバンドの2枚目で、4枚を出して解散。活動期間は1983年から1986年と短い。ただ、彼らは1982年のヤマハが主催するEast Westというバンドコンテストのシニア部門で最優秀グランプリに輝きデビューというスタートは華々しく、当時、大流行したシャカタクの来日公演の前座などを務めたらしい。そして、「和製シャカタク」と言われるように、この二枚目の3曲目は特に主題のキーボードからサビのメロディをコーラスで歌うなど、シャカタクに似た演奏スタイル(ようはパクリ?いやいや、様式美ね)をしていて、それが今聴くとなんとも・・・。また、2曲目はギターカッティングやコード進行がどう聴いても当時やはり流行していたスクェアの「マジック」に聴こえてしまうのは僕だけであろうか。また、8曲目などは、メロディーをコーラス二人がずっと「ラララ、ラーラーラララー」と歌っている豪気な曲もあり、バラエティにとんだアルバムになっている。

 とにかく、随所にどこかで聴いたことのある親しみやすさがグッド。なんか、これカッコよくない?的に耳に残っていたメロやリフを安直に使っちゃった、やっちゃった感がたまらなくいいのよ。そして、出来上がったものがとてつもなくチープ感が漂う作品になり、それがこの21世紀に聴くとまたなんとも楽しくなるのだね。また、ヤマハが当時前面バックアップしていたのであろうが、ヤマハ的なキーボードサウンドやエフェクトサウンドが多様されていて、それがあの80年代優等生的ヤマハサウンド、イコール楽器屋店頭でのデモ演奏みたいなノリになっちゃっているというなんともトホホなところが、いい味になってでているのだ。

 同じヤマハ的サウンドでもカシオペアはさすがにA級、音の使い方やテクニックがとび抜けているというのが、悲しいかな、カンガルーを聴くことで再確認できてしまうという点もある。つまり、いつの時代もA級にはそうなる理由があり、B,C級にはやはりそうならざるえない理由があるということ。そして、必死にA級に近づこうとして失敗しているおかしさもあれば、たまにキラリと光るおっと思わせる部分もあるから面白い。僕はね、この優等生じゃない人がたまにキラッとしちゃうとこがたまらなく好きなのよ。A級の人はそれが必然として理解できるのだけれど、必然だか偶然だか解らないといけどなんかカッコよくできちゃったじゃん、みたいなのがたまらないのだ。

 ラストから2曲目、「Halley`86」という曲なんか、出だしがファンキーなリズムとギターカッティングで始まり、洒落たイントロからまたファンキーにちょっとヘビーなキーボードソロからなぜか、いきなりさわやかなギターが奏でるサビになり、というわけ解らん展開。部分部分はいいいのだけど、別々に作ったのを強引にあわせて一曲にしてみたと言うのがあまりに露骨に解っちゃう。これがB級C級たるとこなんだなあ。まあ、とにかく面白い!これもフュージョンの一つの魅力であると、とりあえず言ってしまおう。

第三回おわり

懐かしのあの日、あの夜、あの場所で

 東京にいると、様々な音楽のライブ、コンサートが開かれていて、奇しくもそのライブ会場に俺もいたんだ、という人と合うということがたまにあります。この前も、角松敏生の30周年記念ライブに僕の店のお客様が3人行ったことが判明。もちろん、その3人はお互いに知り合いではなく、たまたまそのチケットを取っていたのでして、1万人のうちの3人が僕の店に来ていたという次第。まあ、これは最近の話でありますが、実は僕が27年前に行ったライブでも、店で話していたら「あ、それ俺も行ったよ」という人となんと3人出会いました。

 それは1984年8月25日、読売ランドイーストで行われたJax Jazzfunk '84、という当時流行っていたフュージョンのフェスであります。出演はマリーン、カシオペア、そしてレベル42という英国のバンド(のちにアメリカ進出)。先ほど書きました角松が横浜アリーナで1万人あまり動員でありますが、読売ランドイーストは4000人ぐらいの収容ですから、あの日、あの時間にその4000人の中の4人(僕も入れて)が、この東京の中野の僕の店で出会った、というのはなんとも不思議なものであります。

 僕は当時20歳、高校生のいとこを連れてこのライブに行ったと思います。とにかく、凄かったのはレベル42のマークキングのベース!これが超絶なチョッパベースを弾く人で、あのライブ音源はないかと思っていたら、これもそのお客様の一人が、ライブの最後にアンコールでカシオペアとレベル42合同でやった「ギャラクティックファンク」の音源を持っていて、CDに焼いていただきました。

 最近、その音源がYou Tubeにアップされておりまして、それがこちら。

http://www.youtube.com/watch?v=OlGPMGuNOAE

 そして、ほかにこのライブの音源がないか調べてみると、カシオペアで以下の映像を発見。おー、あるんだ、あの8月25日のカシオペアが。

Casiopea - Space Road (Jax Jazzfunk '84)

http://www.youtube.com/watch?v=q33DKbs_a8w

Casiopea - Eyes of The Mind (Jax Jazzfunk '84)

http://www.youtube.com/watch?v=mCmF9s-SPDg&feature=related

Casiopea - Twilight Solitude (Jax Jazzfunk '84)

http://www.youtube.com/watch?v=gbU23s3QVgM&feature=related

Casiopea - Asayake (Jax Jazzfunk '84)

http://www.youtube.com/watch?v=xj7Ow9Zc_Eg&feature=related

 いやあ、懐かしいなあ。僕も若かったけどカシオペアのメンバーも若い、若すぎる。向谷さんなんて、こんなに痩せていたのでありますね、しかも髪型とタンクトップが笑えます。野呂も神保も桜井もみんな輝いていたなあ、ほんとあの頃。

 最近、店でカシオペアをかけてみたら思いのほか反響があったので、つい思い出を回顧してしましました。 

大人として

Photo  よく、80年代が、と僕の青春時代について書いておりますが、なにも80年代がすべてバラ色と言っているわけではありません。むしろ、80年代って本質は見ないで幻想ばかり追っかけていたともいえるのでして、確かに軽薄な時代と言われてもしかたありますまい。ただ、どうしても逃れられないのは、僕の青春時代はその80年代であったという事実。そこで、見て体験して味わったもの、それがすべてではないが僕の血となり肉となっているのでして、それにその80年代をけっこう当時斜に構えてみていた自分でありますから、まっとうな体現者としてというより、こんな見方をする一人の男、とぐらいに思っていただけると、と思います。

 さて、80年代がどうの、というより僕と言う人間は、子どものから早く大人になりたい、と思っていたのでして、中学、高校生の頃はかなりマセガキであったのではないでしょうか。そんな僕ですから、当時流行していたものでも、自分の世代より、上の世代で流行っていたものへ飛びついていく。だから、中学時代にフュージョン、ジャズへ傾倒していくのでして、それは当時の大学生たちが聴いていた音楽だったから。僕は長男なんで、兄や姉がいるのではないですが、そういう理由で常に上の世代を意識していた。

 それは、ただ大人にはやくなりたい、というより、大人の世界の方がかっこよく見え、とても面白そうに僕には思えました。同世代の流行しているものは、どうも子供っぽくてかっこよくなく、上の世代の方がスタイリッシュでオシャレだと。

 これもよく言っていることですが、僕がロック少年にならず、フュージョン、ジャズ、AOR、シティポップを聴くようになったのは、ロックがどうも泥くさく、また歌謡曲は幼稚な子供っぽさが嫌で、ワザとその真逆にいったのだと思います。つまり、同世代の多数が支持するものじゃないものを俺は先に知ってるんだぜ、という優越感もあったのですね。

 つまり、それは憧れであったのでして、大人への憧れ、それが僕の音楽体験になっていったということであります。その大人への憧れ、これを最近よく考えるのでして、というのも、僕がその大人に完全に今なっているのですが、本当に大人がやっていることが下からみてカッコイイなあと見えるのか、というか、一般的な大人じゃなく一個人としての僕が、ちゃんとそういう生き方ができているのか、それを考えるのです。

 80年代から90年代前半の大人って、それまでの高度成長の中で会社人間でいきてきた仕事イコール男、みたいな図式から抜けて、まあ、金銭的にも余裕があったからでしょうが、ようやく大人は大人の遊びをしようぜ、的なノリで行動していた、と僕は今ふりかえるとそう見えるのです。。それはその後のバブルに繋がる軽い中身のないハリボテみたいなものも多数ありましたが、でも真夏に山や海で大きなジャズフェスがいくつも行われ、そこでビール片手にバカンス気分を満喫したなんてことがけっこう普通にあった時代でもあります。

 子供はジャズを勉強してからこいよ、的なノリで、あの頃、僕には大人が凄くカッコよく(すべてじゃないけどね)見えました。サラリーマン駆け出しの頃も、ゴールデン街にいりびたり(これ自体が大人になりたくて、俺は他の若いサラリーマンとは違うぜ、というやはり優越感だなあ)そこで知り合ったテレビ局のプロデューサーに夜通しジャズバーを連れまわしてもらって(もちろんおごりで帰りまでタクシーで送ってくれました)、大人の遊び方を堪能させてもらい、その人に「ジャズは頭で聴くもんじゃない、ここで聴けよ、酒が美味くなる音楽なんだ、これは」なんてことを言われたり。けっして外見が派手でカッコイイ人じゃなかったけど、大人の渋さ、大人の優しさ、ハードボイルドな大人の世界、そして大人の音楽としてのジャズを教えてくれたその当時中年(たぶん今の僕の年ぐらい)のプロデューサーはとっても大人のカッコよさを持っておりました。

 さて、今の僕はそんな大人になっているのでしょうか。あの当時の自分が憧れるような人間になっているのか。大人の仕事をして、大人の遊びをし、子供が憧れるようなことをやっているのか。「おい、ちゃんと勉強してからこいよ」そんなことを胸張って言えることができるのか。

 今の若者が夢がない、やる気がない、楽しいことがないからテレビゲームしかやらない、そんな風にしてしまっているのは、やはり大人が憧れになっていないから、それがすべてではないが原因の一部ではあると僕は思います。いつも思うけど、世間の大人がどうだっていい、自分はどうなんだ、ということ。世の中の大人が子供アイドルにワーワー言おうがそんなことはどうでもいい、僕は俺は本当になにをカッコイイと子供たちに示せていけるのか。自分に娘ができたということも含め、これからの人生はここが勝負でポイントだろう、と今思っています。

 あの時代がよかったんじゃない。あの時代にはそういうカッコイイ大人がいたんだ、という事実。それは今もいるかもしれないけど、大人の世界としては現実に埋没して完全に水面下にもぐって見えなくなってしまった。今こそね、それを現実の中で見える世界に僕はしないとと真剣に考えているのでして、そうじゃないと僕もつまんないし、こんなシリアスなだけの現実じゃ夢がなさすぎるでしょ。今風に言えば、それがリア充ということなんだよ。だれかに認められたいとかじゃなく、一人だって胸張ってどうだカッコイイだろ、って言えることが。そういう大人に僕はなりたい、いやならないと、ね。

 

ザジ温泉旅行、只今草津

ザジ温泉旅行、只今草津
10周年記念温泉旅行は草津へ。今、草津湯畑前であります。

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