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ジャズ50バカその4

4. ジャズフュージョンは商業音楽だ、と常に上から目線で馬鹿にするバカ

 

 これもいつまでも言い続けている奴がいるのだが、訳がわからないとても変な現象だ。フュージョンという80年代に流行したインストゥルメンタルミュージックをなぜかジャズファンと称するオヤジたちは、唾棄するように「これって商業音楽じゃない」と馬鹿にし続ける。

 これがロックやポップス、ラテンには絶対に言わないのよ、こういうこと。どういう訳か、フュージョンだけ目の敵にして軽蔑の眼差しなのだ。

 なぜフュージョンだけある世代が目の敵にするのか、僕が考えるに、70年代にチックコリアががリターントゥフォーエバーを、ハービーハンコックがヘッドハンターズを、と今まで違った強烈な印象を与えたアルバムがでて、その影響でフュージョンに妙な感情が残ってしまったとは言えまいか。

 もう少し詳しく説明すると、前に書いたマイルスがジャズにエレクトリックなサウンドとロックテイスト、またはファンクテイストを融合させて、あらたなジャズの局面を開いていくのだが、それに追従するかたちで、マイルスがやったことをさらにポップにある意味一般的に聴きやすい形で世にだしたのが、リターントゥフォーエバーでありヘッドハンターズであったと僕は思う。

 そのチックとハービーのアルバムがそれまでのジャズファンだけじゃないロックファンやほかの人たちも巻き込んで大ブームになり、それがコアなジャズファンには当時許しがたい思いがあったのであろう。なんだ、ミーハーな奴らが、という思いが未だに(あれから40年ぐらいたっているのに!)まだ認めたくない、らしい。

 さらに時代はフュージョン全盛にむかい80年代にボブジェームス、デイブグルーシン、スタッフ、クルセイダースなどなど、それまでのドジャズ聴いていた人たちの肩身が狭い世の中になっていく。

 それでなんだが、その時コアなジャズファンが実はだいぶジャズを聴かなくなっていくのよ、実際。もちろん一部はマニアとして残ったけど、ほとんど青春時代が終わり就職して音楽聴かなくなったんだよ。それが今いいオヤジになってまた音楽でも聴くかとなりその当時の思いだけでまだそんなことを言っているんだな。

 

 それは別の言い方をすると、当時の若者のライフスタイルが急激に変わっていく状況とリンクしていて、ドジャズで硬派気取っていたのに、フュージョンで急にナンパな(彼らからするとある意味ね)世界に変わっていくことについていけない自分、というのもあったに違いない。それが生き方にまで影響しそうで、という感じだったのではないか。それはまさに60年代70年代から80年へ移行する時代の空気であったのも否めまい。そこにとどまろうとする者、新しい風に吹かれようとする者。その葛藤が、今に至るまでジャズとフュージョンという形で残っているのではないだろうか。

 だからこそ、もう少し正直に自分に向き合ってつまらん自意識に捕われず、もうあれはジャズじゃない、とか、なんだここはジャズバーなのにフュージョンなんてかけるの?とか、商業的音楽は中身がないねえ、とか、いい加減にやめたらどうです、その言い方。

 だってね、じゃあ商業的じゃない音楽って実際あるのか。あるわけないでしょ、資本主義の世で。無償でCD配って、音楽ではお金いただきませんってジャズミュージシャン見たことないんですが。

 もう一つ言いたいこと、それはジャズとフュージョンってまったく聴きどころというか、楽しむ観点が違う音楽だということ。この点はまた話が長くなりそうなので次で書く事にする。

 

 

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