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2014年7月

ジャズ50バカその16~25

ジャズ50バカ、小ネタ集1625

 

16. ジャケ写でちょっと可愛い若いお姉さんがピアノやサックス吹いているとつい買ってしまうバカ

 

 だったら、無理しないでAKBとか行けばいいじゃん。ほんとは好きなんでしょ、アイドルが。

 

17. ジャズの投げ銭ライブでビール一杯しかオーダーしないで帰るバカ

 

 いや、別にいいんだけどさ。ちょっとは店の側も考えてよ。安く聴けてラッキー、なんて思うのかね。

 

18. ジャズはレコードで聴かないと、と言い続けるバカ

 

 たぶん、オーディオファンなんだろうけど、それだとレコード時代のジャズだけ聴くしかないわけでさ、今の新しいジャズなんて聴くことできないじゃない。レコードは確かに音いいかもしれないけれどね、あまりにレコード、レコード言ってるのを聞くと、こりゃ宗教だと思うのだが。

 

19. スタンダードしか演奏させない、歌わせない、ライブハウスのバカ

 

 たしかにお客受けはスタンダードがいいのだろうけど、そればかりミュージシャンに要求してやらせているから、ジャズがつまらなくなるんだよ。誰も冒険、挑戦しなくなるんだよ。ジャズが保守的になってどうする!

 

20. 俺は自宅に1000枚以上レコードを持っているとか、CDを2000枚は買ったよ、とか物量自慢するバカ

 

 よくお集めになりました。そりゃ凄い、凄い。って、言って欲しいのかな。人と比べてどうのこうのって、そんなことでしか自分を認識できないとしたら、それは辛いねえ、ご愁傷様。

 

21. とにかく人の知らないある意味B級、C級のアルバムを見つけてきては、それを自慢するバカ

 

 結局なんだけど、なぜB級になったか、C級になったかを考えて見て欲しいのだが。もちろん、そういう中に自分の宝を見つけるのはいいのさ。でも、「君、あれ知らないの?」みたいな、そんなとこばかり人に自慢したがるオヤジ、ほんとウザイんだよな。自分だけの楽しみにして、人に言わんでくれ、そんな駄盤自慢。

 

22. いいジャズってさ、聴いていると酒がスイスイ飲めちゃうんだよ。酒がどうも進まないのはダメなジャズなんだな、と言うバカ

 

 すいません、それは多分酔っ払っているからだと思います。僕はダメなジャズだと、ああ、これなら真面目に聴かなくていいや、と思い酒がスイスイ飲めます。

 

23. テクニックがある、なし、だけでジャズミュージシャンを評価するバカ

 

 テクニックは表現したいものに必要なら意味があるけど、表現したいものにそこまでのテクニックがいらなければ、過剰なテクニックはウルサイだけ。キューバーのゴンサロ・ルバルカバというバカテクのピアニストがいるが、デビューの頃のアルバムなんて、ただテクニックひけらかしで、ぜんぜん面白くなかったけどね。でもすぐ、あいつは上手い、下手と言いたがるオヤジが多いね。いったい何をききたいのか、音楽?それともテクニック?

 

24. ライブ中に机を指や箸とかで叩いて、ぜんぜん正確じゃないリズムを刻むバカ

 

 うるさいんだよ。下手くそなリズムに気が散って、ドラマーのリズムに乗れないじゃないか。

 

25. 隣に女性がいると、ついジャズのウンチクを語りたがるバカ

 

 今時、ジャズ語ってもモテないって。「まあ、おじ様ってジャズに詳しいんですね、素敵」なんてあるわけないでしょ。きっと心の中で、「別にそんな話聞きたくもないしー、聞いたところでよくわかんないしー、それよか美味しいものでもご馳走してくれないかなー」とイライラしながら思っているに違いないのにね。ざんねーん。

 

ジャズ50バカその15

15. 日本人のジャズなんて聴く必要がない、日本のジャズミュージシャンなんてあれはジャズになってない、と言うバカ

 

 ジャズ原理主義とでも言うのか、こういうことを偉そうにのたまうオヤジ達もまだまだいる。というか、高名なジャズ評論家も言っていたしね、マジで。

 ジャズというのは米国で生まれ米国で流行した音楽、だから米国のミュージシャン以外は亜流で本家の真似事に過ぎない。あのリズム感は、米国のジャズマン(特に黒人だそうで)じゃないと出せない味なんだよ。挙句に、「ジャズってさ、僕は70年代から80年代にアメリカに行ってね、そこのライブハウスで聴いたんだけど、当時の現地のピアニストに比べたら日本人の辛島だとか、本田とか二流、三流だからね、やっぱりジャズってそういうもんよ」と丁寧にご説明してくれたおじ様もおりましたよ、過去に。

 まあ、ね、その人がそう思いたいならそれもいいです、が、ジャズって本当に米国のジャズだけがいいの?というか、米国のジャズミュージシャンだって実はピンきりだし、様々なスタイルのミュージシャンがいるしね、一概にそんな乱暴な言い方は本当はできないはず。

 さらに、ジャズというのは語法というか、音楽の方法論に過ぎない、と僕は思っている。どういうことかというと、コード、スケールなどの技法を用いて、それにリズムが加わりその中でテーマから自由に発想してインプロビゼーション(アドリブね)をする音楽、というのがジャズの方法論であり、その方法論を米国以外の国、民族が独自の発想で昇華していく、というのが今のジャズではないのか。だから、フランス人のジャズ、北欧のジャズ、イタリアのジャズ、などなどその国ならではの感性のジャズがあるのよ。だから、日本には日本人ならではの、日本人の感性でしか表現できないジャズがある、はずなんだ。

 言葉にエスペラント語というのがある。つまり世界共通言語というのを目指して作られた言葉なのだが、ジャズというのはもはや音楽のエスペラントではないか、と僕は思う。その語法を使えば、どこの国の人であろうと民族であろうと、ジャズを演奏することができる、そしてその文化ゆえのジャズ、というものができる可能性がある、のではないか。

 もちろん、ジャズのバックボーンを知ることは重要だし、だから米国のジャズ、というものが意味を失う、というものではない。しかし、新しい可能性を秘めた米国以外のジャズ、を否定してしまっては、ジャズ、という本来の姿勢、あり方、そのものを否定することになるのではないか。そう、何度も書いているが、新しいものを取り込んで、古いものをぶち壊し進んでいく、それがジャズのあり方、だと僕は思うからだ。

実際、ミシェル・ペトルチアーニというピアニストがいたが、彼はフランスから出てきたが、それまでの米国のピアニストにはだせない独特のセンスと、斬新なアドリブで一斉を風靡した。また、キューバにも凄いジャズミュージシャンはたくさんいるし、キューバ人でしかありえないジャズをやっている。北欧でも、イタリアでも、ベルギーでも。

 だから、日本人は胸を張って日本人ならではのジャズをやればいい。そのかわり、徹底的に日本人ゆえのオリジナリティ、アイデンティティをジャズにぶち込んでやればいいんだ。変に、原理主義的にひよったって、それこそ、二流、三流ってことになる。でも、ジャズの新たな地平、それを日本人が切り開くかもしれないじゃないか。僕はそういう期待もあって日本人のジャズを聴いているんだ。

 結局、日本人のジャズなんて、というようなこと言ってるやつって、実はブラインドテストしたら日本人だか、アメリカ人だか、フランス人だかわからないんじゃないの?これもいつも言うことだけど、そういうことを言って、自分が聴いてきたものだけがいいんだ、というくだらん自我に固執してるだけ、っていう気がするのだがね。

 とにかく、ジャズというのは、そのぐらい応用力がって、ある意味アバウトで、だからこそ、グローバルな音楽言語なんだ。いや、そうじゃなきゃいけない。伝統芸能じゃないのだから。

ジャズ50バカその14

14.   Tシャツにジーパン、ヨレヨレの姿、格好だとジャズっぽくて、オシャレにスーツなんぞでキメてステージに立つとそれだけでダメだと決め付けるバカ



 今の若い人たちからするとなんのことやら、と思うだろうが、80年代に彗星のごとく現れたウィントン・マルサリスというジャズトランペッターが売れ出した頃、彼はビシっとスーツ姿でステージに立っていたのだが、なぜか彼の音楽ではなく「今時、スーツ姿でカッコつけるなんて、あんなのジャズじゃないね」という声をよく聞いた。これ、ほんとに僕のまわりだけではなく、ジャズ雑誌なんぞでも読んだ記憶があるから、マルサリスのやっていたジャズにも、もちろん気に食わない人たちが揶揄していたのだろうが、当時から「え、ジャズってお洒落してステージ立っちゃいけないのか?」と僕は疑問に思っていた。

 もちろん、それなりに時代時代でオシャレにキメていた人たちもいたし、マイルスはファッションリーダー的に服装もどんどん変化していった。

 それでも、特に日本人の一部のジャズファンって「あいつらチャラチャラお洒落して出てるけど、演奏がたいしたことないからそういうとこで誤魔化してんだよ」みたいなこと言うんだよなあ。なんか、ジャズは今でもTシャツにジーンズだけでやってるとストイックに音楽に向かいあっている、みたいな、ね。

 つまり、そういうこと言っている人たちって、要はジャズを真剣にやるのにオシャレは必要ない、と言いたいのだろうがまさにその通りで、裏返せば、実はだからジャズマンがオシャレしようが、ピアスしようが、音楽の本質には関係ないってことなんだけど。

 それに、またそういうこと言っている奴の服のセンスがダメダメでね、ジャズ聴きにくるオヤジどもって同じようにヨレヨレのシャツにジーンズみたいのが多い、と思うのは僕だけか。

 なにが言いたいかというとだね、もう今ジャズがここまで若い人に聴いてもらえず、老人の楽しみみたいな小さな世界にしちまっているのは、オシャレじゃない、というのも一つの原因だと僕は思う。実際、何度も言うが、マイルスってほんとその時代、その時代でファッションも変化していって、オシャレにも凄い気をつかっていたのは良くわかる。そして、それは彼の音楽の本質を邪魔するわけではなく、むしろ相乗効果で彼のステージでの音楽に華を添え、そしてすべてを包括したエンターテインメント、芸術になっていたのではないだろうか。つまり、音楽ってその人の存在、それが強烈に色濃く出てこそオリジナリティなのだ。だから、オシャレしないという選択もジャズマンにとってあり、だが、マイルスイズムを継承して、そういう個性を作っていく、それもあり、だ。

 僕としては、せっかく自分が自己主張するステージで、ジャズ自体が強烈な個性と主張があるのは前提だが、そこにその人なりのオシャレな服装や雰囲気もあったらいいじゃないか、と思う。本質はオシャレで捻じ曲げられることではなく、服装で演奏の善し悪しが決まるわけでもない。だから、逆に、目いっぱいオシャレしたっていいじゃないか。

 これは当たり前だが、オシャレにキメて雰囲気だけのジャズ、っていうのではなくそこは勘違いしないで欲しい。でも、もう汗臭いTシャツ姿でジャズというのも、別の意味でステレオタイプ的なジャズマンの姿、という感じもしないでもない。ストイックはいいけどさ、若い人が誰も聴かないで、老人ホームでやる音楽がジャズになったらそれは寒いじゃないですか。若い人にもアピールする魅力、それも考える意味で、僕はこれからジャズマンがオシャレ、いいと思うけど。どう?

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