ジャズ、芸術、今(ナタリーロリエの新譜を聴いて)
これは買わねば、とブログにも書いたのですが、ナタリーロリエの新譜、自分で買わずに僕のジャズの師匠に貸してもらっちゃいました。いやあ、助かりました、ありがたし。
このナタリーロリエというベルギーのジャズピアニスト、素晴らしいセンスの持ち主でして、今回のアルバムも期待を裏切らない圧倒的な出来上がりでありました。
今回は弦楽四重奏がナタリーロリエのトリオにからみ、トランペットも参加。独特の現代的でありながら、クラシカルな感じのする、彼女ならではの世界観になっております。
僕は常々思っているのですが、ジャズという音楽はいつも新しい何かに踏み出しているべきものでありましょう。つまり、既存のやり方ではない、その人その人ならではの表現や試みがあってしかるべき音楽、それが現代のジャズだと思っています。先人達が素晴らしい演奏や表現をしているのは当然ですが、それをただなぞっただけのような音楽を今のプレイヤーがしていても、それはマスターベーションに過ぎないと思います。マイルスのやってきたことをみたって、常に新しい何かを求めたいたはず。ですので、僕は焼き直しのジャズにはかなりうんざりしている、というのが実感であります。
だって、そうでしょ、バップの名演はもうパーカーやケリーなんかがやってるのを聞けばいいのだし、ただ理論の中で遊んでたってそれは演奏家の自己満足に過ぎない、といったら言い過ぎでしょうか。
さて、そんな昨今のジャズからみたら、このナタリーロリエはかなり異端かもしれません。でも、僕はその異端を聴きたい。とにかく、既存のものではない新しい何か、それがジャズの命なんですから。このナタリーロリエを聴いてその気持ちをさらに深く持ちました。前回は中近東の音楽に接近して、民族色のつよいジャズをやっておりましたが、今回は近代のクラシック的な表現や現代音楽的エッセンスにジャズを融合させる試みをしており、ジャズ側からもクラシック側からも、相当高度なアプローチをとっており、ただジャズとクラシックを合わせてみました、というようなチープさは皆無であります。この、レベルというのはやはりヨーロッパ文化に根ざしたナタリーロリエの根の部分が、質となって深みを音楽に与えているのでしょうし、これはアメリカのジャズミュージシャンにも、日本のジャズミュージシャンにもできないものであると思います。これぞ、自分のアイデンティティを音楽に昇華させたレベルということも言えるでしょう。
これは言うまでもなく、彼女自身がジャズという音楽を通してなにをしたいかというのが、明白なまでに聴くことができるわけで、まさにそれこそがジャズであると僕は信じて疑いません。文化的根や自己アイデンティティをいかにして音楽、ジャズに取り込んでいくか、それはすべての芸術にあてはまる命題でありましょうし、それをおざなりにしたものは芸術とは言えない、とすら僕は考えています。あらためて、そこにちゃんと照準をあわせた芸術であるのが、このナタリーロリエの新譜であるのです。






最近のコメント